お久しぶりすぎてすみません、明けましておめでとうございます。

 長らく放置していてログイン解除されてパスワードが思い出せなかったり色々あったんですが、とりあえず生きています。

 とりあえず、最近のニュース。

1、年賀状の存在を失念していて、「きっと今から出しても元日には届かないだろうなぁ」というような日にコンビニに行ったら、年賀状が売り切れてました。しかも何店も。結局年賀状を購入できないまま現在に至ります。

2、大掃除と呼べるほどじゃないんですが、部屋の掃除をしていたら、去年出す筈だったのにいつの間にか行方不明になっていた寒中見舞いを発見しました。長い時を過酷な状況で過ごしたせいか、後は宛名を書くだけだぜ!という葉書達はよれよれでした。……部屋の掃除はこまめにしろってことですね、はい。

 今年こそはもう少しここでごちゃごちゃ書けたらいいなと思います。最近ちょっとPCが危なげな感じもしますが、まだ頑張ってもらいます。でもデータはそろそろバックアップを取った方がよさそうです。


 とりあえず、新年早々失礼いたしました。
1.髪遊び


 リィンは俺の部屋に入るなり、勝手に本棚を物色して本を掴み、寝台に転がりながら読み始めた。いつもの事なので放っておいて、きょとんとしていたハザードの髪を梳かす。ふわふわした白い髪は、出会った時よりも伸びていた。
「髪、邪魔じゃない?」
「あう……特訓してると、ばさーってなるの」
「切ろうか?」
「イルみたいに長くしたい。フィアスもそう言ってたよ」
 その主張はとても微笑ましいものだけれど、やや癖のある髪は、伸ばすと色々と大変かもしれない。俺は特に手入れを必要とはしないけれど、普通は長い髪は手入れが必要らしいし、ハザードにできるだろうか。まあ、それは俺が決める事じゃないか。
「ハザード、これから訓練だよね?」
「うん。ハルと」
「それじゃ、結んでおこうか。ちょっと高めにした方がいいかな」
「……イル、結べるの?」
「うん、できるよ。ハザード、ちょっと頭を真っ直ぐにしてね」
 紐を手に、ハザードの髪を纏める。兎の尻尾みたいになった髪が可愛らしい。こちらの手が止まった事を察してか、ハザードはくるり、とこちらを向いた。
「それじゃ、どうしてイルのはリィンが結んでるの?」
 ことりと首を傾げ、大きな瞳でこちらをじっと見ている。成程、いつもリィンが結んでいるから、自分では結べないと思っていたらしい。
「リィン、他人の髪をいじるのが好きみたいなんだよね」
「そうなの?」
「そうだよ」
「違うな」
 肯定と否定の言葉を同時にかけられ、ハザードは少し混乱したようだ。寝台で本を読んでいたリィンが、いつの間にか顔を上げていた。
「少年に妙な事を吹き込むな。後で煩くなると困る」
「……ハザードに『髪結んで』って言われたくないと?」
「そういう事だ。第一、俺はお前の髪でしか遊んでないだろ。他人の髪をいじるのが好きなわけじゃない」
「え? でも……」
「お前の髪をいじるのが暇つぶしに丁度いいだけだ」
 その言葉を理解するのに、少し時間がかかった。ことりと小首を傾げていたハザードが、ぽん、と手を打つ。
「イルだけってこと?」
「正解だ。お前にしては珍しいな」
「あう、ほんとに? やったー」
「やったね、ハザード!」
「……そこで褒められていると判断するのか、お前ら」


おわり



2.続・髪遊び


 部屋に遊びに来たフィアスの髪を梳かし終えると、不意に彼が振り向いた。
「どうしたの? 痛かったかな?」
「ん……そうじゃなくて」
 フィアスは暫く迷う素振りを見せてから、口を開いた。
「僕もイルの髪、結んでみたい」
「ああ、いいよ。えーと、髪留めはどこにあったかな……」
 ここは一応俺の私室なのだが、リィンが勝手に配置を変えてしまうので、たまに物の置き場所がわからなくなる事がある。本だけは毎回几帳面に戻してくれるのだけれど。


 フィアスの協力もあって、髪留めは早く見つかった。おぼつかない手つきで櫛を扱い、懸命に髪を留めようとする気配が伝わってきて、非常に微笑ましい。
「……できた」
 少し嬉しそうな声。鏡を見てみると、頭の上の方、やや右寄りの位置で、髪が留められていた。力加減に苦心したのか、少し緩い。それでも、初めて挑戦したにしては上出来だろう。
「ありがとう、フィアス」
「ん……」
 頭を撫でると、少し照れたように俯いた。その姿は可愛らしいけれど、そろそろフィアスを寝かせないと、明日ハザードが大変だろう。
「フィアス、もう遅いから、そろそろ寝ようか」
「ん、わかった……」
 フィアスが素直に頷いてくれた瞬間、扉が開いた。相変わらず不機嫌そうな顔のリィンが、数冊の本を抱えて立っている。
「虫の声が煩い」
 不機嫌そうな声でそれだけ言って、ずかずかと入ってきた。そういえば、そろそろそんな季節だ。この辺りに生息する虫の中には、この時期に大きな声を上げて鳴く虫がいる。昼間は静かなのだが、何故か夜中になると鳴き出すのだ。窓を閉めれば虫の声はマシになるけれど、空気がこもるので部屋が暑く、寝苦しくなる。常に神殿に暮らす子達は、この時期の最初だけは睡眠不足になりがちらしいけれど、すぐに慣れるそうだ。リィンの場合、寝るだけなら多分気にせずにいられるのだろうけれど、本を読む上で不快なのだろう。
「……『おやすみなさい』」
「うん、おやすみ、フィアス」
 ハザード君に挨拶はちゃんとするのだと力説されたらしく、フィアスも律儀に挨拶をするようになってきた。リィンがそれを無視するのはいつもの事なので、フィアスも気に留めずに扉の前から姿を消した。
 ぱたん、と扉の閉まる音が聞こえて、それに合わせるように髪がばさりと広がるような感覚があった。
「……あれ?」
 緩く留まっていたから取れてしまったんだろうか、と思って振り返ると、呆れたような顔をしたリィンと目が合った。
「……この時間に髪を結んでどうする。しかも下手だ」
「初めてにしては上出来だと思うよ?」
「やはりあいつか。絡まっているから梳かしておけ」
 それに返事をしようとして、気付いた。
「リィン、折角フィアスが結んでくれたのに急に取るなんて酷い!」
「あんな留め方をしていたら変な癖が付くぞ。第一、そろそろ寝るんだろうが」
「それはそうなんだけど……」
「奴の前で解かなかっただけマシだろう」
「……そういえば、そうか」
 何となく釈然としない気もするけど、確かにそれよりマシだろう。髪を梳かし始めた俺を、リィンは何故だか少し呆れたように見ていた。


おわり
 長々と放置しすぎていましたが、元気に生きています!

 正社員ではないのですが、数日前、やっと職に就けた感じです。研修が終わって、本格的に仕事が始まります。
 そんなわけで、これからはちょこちょこ日記も書けるのではないかと。気晴らしに、というか現実逃避に書いていた小話とかもちらほらあるので、久々に小説っぽいものを投稿できるかもです。ホームページ作りは相変わらず難航していますが。久々にホームページ用のフォルダを開いてチェックしてみたら、当時の自分は何を思って背景色をこんな色にしたんだろうと頭を抱えたりもしました。多分、どれがいいか色々試しているうちに麻痺してよくわからない事をしたのでしょう。
 そういえば、Wordで文章を作ってそれをメモ帳にコピペしようと企んでいるんですが、単語登録機能は便利ですね。「ん」を変換したら改行タグになるように登録したんですが、これだけでかなり違います。まあ、それでもやっぱりレイアウトとかの問題があるんですが。小説サイトなのに小説が見辛いとか。
 ブログサイトにするなら、それもそれでどこか借りないと駄目ですし。ここって目次は作れない感じですよね。

 ごちゃごちゃと色々書きましたが、今日はこれにて失礼します。

生存報告

2011年3月12日 日常
 とりあえず、生きています。

 近くの地域では停電が起きたようですが、我が家付近は無事でした。ただ、補充ができない為かコンビニは品切れ状態だったりはしました。

 一人暮らしをしている友人達の安全は一通り確認できて、ほっとしております。ただ、説明会で知り合った山梨出身の方が無事かどうか心配です。連絡先がわからないので、無事を祈るしかありません。

 こんな事しか言えませんが、少しでも多くの人が無事でいてくれる事を願います。
 短いですが、これにて失礼します。

お久しぶりです

2011年2月1日 日常
 物凄くお久しぶりです。

 とりあえず、元気に生きています。が、卒論とか就職活動とか色々あってしばらくあまり書き込めませんでした。暫く書き込まないうちにログアウトしていて、パスワード探しに時間がかかったりも……。

 まだ就職活動が終わっていないので、多分また暫くもぐります。

 それでは、失礼しました。

寒い…

2010年9月23日 日常
 日記を書くのはお久しぶりです。



 今日は凄い寒かったですね、吃驚しました。外で散歩しながら特別冊子用の原稿のネタでも考えるかな、とか思っていた自分をぶん殴りたい気分になりました。すぐにそれどころじゃなくなったので牛乳買って帰りましたが。
 もう、とにかくスーパーの中がめちゃくちゃ寒かった! 雨が降ってるし、と思ってサンダルを履いていたんですが、指先が冷たいを通り越して痛かったです。浸水してくる靴の方がマシだったでしょうか。というか、いい加減浸水しない靴をどうにか調達すべきなのでしょうか。
 直射日光は苦手でも暑さそのものにはそこそこ強い自信がありますが、代わりにというか寒さには凄い弱いのです。冷房の寒さに耐えられず夏でも上着を手放せない程度には。



 何だか久々の日記で愚痴しか言っていないような気もしますが、とりあえず今日はこれにて失礼します。

『手紙』

2010年9月19日 文章
 授業が終わり、ホームルームで簡単な知らせを聞いて、別れの挨拶をする。今日は掃除当番ではないので鞄を抱えて真っ直ぐに図書室を目指した。本を返して、新しく本を借りる。帰宅部の私はこれ以上学校にいる必要はない。
 今日は真っ直ぐに家に帰ろうか、という時に、思い出してしまった。レターセットを昨日で使い切ってしまったから、新しいのを買わなくては。
 ため息をついて、財布の中身を確認した。レターセットを買うには十分な金額が入っている。
 思い出さなければ、買わずに終わっていたかもしれない。それでも私は思い出してしまっていて、そうなったら買わないわけにはいかなかった。もう一度ため息をついて、だらだらと昇降口へと向かった。



 家の近所にある、いつもの文房具屋で、いつも通りごくシンプルなレターセットを買う。たまには違う物にしようと思うのだけど、いつも思うだけで終わってしまっている。こういう物は相手の趣味に合わせるべき物なのだろうが、相手の趣味を知らない。変な物よりはシンプルな方がいいだろうと思っていた。それは結局ただの言い訳でしかない事は、私自身がよくわかっていた。
 月に三回は来て、毎回同じものを買うからか、店員にはすっかり顔を覚えられている。たまに話しかけられる事もあるが、私はまともに返答できた覚えがない。
「文通、続いているんだね」
 そんな事を言いながらレジを打つ店員に、「ええ、まあ」と短く答えた。他に何と言えばいいのかわからなかったし、いつもこの調子の私にこの店員もそれ以上を期待してはいないだろう。
「……ありがとうございましたー」
 店員の声に送り出されるように店を出て、軽いビニール袋を軽く振り回すようにして歩く。傾いてきた陽が眩しい。思わず漏れたため息は、夕陽のせいではなかったけれど。



 ただいま、と声をかけて自室に戻る。鞄を置いて制服から着替えて、レターセットを手に机に向かった。中学生の時、技術の時間に作った小さく無骨なポストが机の上に置いてある。変色してきてしまったから塗り直した方がいいかもしれない。ポストとしては小さいけれど机の上に置くにはかなり邪魔な大きさの物だったが、床に置いておくと誤って蹴り倒しそうで怖かった。ポストを少しだけずらして、便箋を広げた。
 ペン立てにはそれなりに色鮮やかなペンが並んでいたけれど、その中から引き抜くのは決まって書き心地のいい黒のボールペンだった。くるりとペンを回して、手紙の内容を考える。この作業がなかなか時間のかかるものだった。書き出しの言葉にさえ、いつも悩み迷ってしまう。
 とりあえず、と一行目に『お兄ちゃんへ』と書いた。書いてから、今度こそ『親愛なる』だとか『Dear』だとか、そういった言葉をつけようと思っていた事を思い出した。書いてしまってから思い出すくらいなら、いっその事ずっと思い出さなければいいのに。ため息をついて、書いてしまった文字列を眺める。無理にくっつけるのは不恰好だし、修正液を使うのも何となく気が引ける。次に気を付ければいいか、と結論付けて、また内容を考える。
 ああでもない、こうでもないと考えている内に扉がノックされて、夕飯ができたと知らせる声が聞こえてきた。



 甘く焼いた卵焼き、唐揚げ、サラダ、味噌汁。統制がとれているのかどうかわからないおかずに手をつける。
「唐揚げばかり食べちゃ駄目でしょ」
「んー……」
 窘められて、卵焼きに箸を伸ばした。私はあまり甘い卵焼きが好きではない。嫌いとまではいないが、出汁入りの方が好みだ。それでもそれを口に出して伝えた事はほとんどない。
「卵焼き、美味しい?」
 母が問いに、笑顔を作った。
「うん、美味しいよ」
 焼き加減だとかは別に悪くないのだと思う。私がただ個人的に好きではないだけで、多分甘い卵焼きが好きな人物だったら美味しいと言える代物なのだろう。そう、きっと兄なら、こう言った筈だ。
「そう、よかった」
 微笑む母が目線を別のところにやる。私もそれを追うように視線を動かして、箸を突き刺した白米の入ったお茶碗を眺めた。



 風呂に入って、歯を磨いて、自室に戻ってきた。机の上に便箋が置きっ放しになっている。改めて机に向き直った。ペンも手にせず、机上を見つめる。
 兄が亡くなってから、三年の月日が経った。
 私と兄は三つ離れていたから、私は兄の年齢に追いついた事になる。三年前は三つ年上の兄がとても大人びて見えていたけれど、同じ年齢になってみるとまだまだ大人には遠いのだとわかる。あれはただ単に私が今よりずっと幼かっただけなのだ。
 比較的仲の良い兄妹ではあったのだと思う。喧嘩をした覚えはあまりない。あのおとなしい兄は、他の誰かとでも喧嘩になる事は滅多になかったけれど、一緒に遊んでいたような記憶もあるから、きっとそこそこ仲は良かったのだ。そんな事を思い出しただけで胸が痛くなる程度には、私は兄を好きだったのだろう。
 三年というのは記憶がおぼろげになる程度には長く、痛みが抜け落ちない程度には短い。
 『お兄ちゃんへ』としか書かれていない便箋をぼんやりと眺める。今もきっと兄が生きていたら、『お兄ちゃん』なんて呼んでいなかったかもしれない。『兄さん』だとか、もしかしたら『兄貴』なんて呼んでいたかもしれない。考えても仕方のないような、仮定の話。
 ペンを手にとって、また何を書こうかと悩み始める。結局、いつもと同じでいいかという結論に落ち着いて、ペンのキャップを外した。
 『お元気ですか? 私は元気です。』といういつもの書き出しの後に、今日学校であった事や夕食に卵焼きが出たというような事を書く。何でもないような日常の出来事ばかりを連ねて、『それでは、お元気で。』といつも通りに文章を終わらせる。
 なるべく丁寧にたたんだ便箋を宛先と宛名を書いた封筒に入れて、糊できちんと止めた。切手は貼らずに、そのまま机上のポストに入れる。音が遠かったから、まだそれ程手紙は溜まっていないだろう。
 伸びをして電気を消し、ベッドに入る。目を閉じてもすぐに眠気が訪れる事はない。ぼんやりと考えるのは、奇妙な習慣の事。
 兄に手紙を書いている事は、誰にも言っていない。三年前から続いている、私だけの秘密だった。
 書き始めた時はどうしようもないくらい悲しく寂しい気持ちを紛らわせようとしていたのだと思う。けれど今はどうなのだろう。惰性で続けているだけのような気もする。それならばいっそこんな習慣はやめた方がいいのかもしれないが、ふんぎりがつかない。レターセットを買うのを忘れてしまえば、それを言い訳にやめられるのかもしれない。
 そんな事をぐるぐると考えている内に、眠気が燻ってきた。



 ただいま、と声をかけて自室に戻って、鞄を置いて着替える。机の引き出しを開けたところで、思い出した。
 そういえば昨日レターセットを使い切ってしまったのだった。
 空っぽの引き出しを見て、ぼんやりと考える。忘れてしまったのは、もういない兄に手紙を書くのをやめたいという意識の現われなのかもしれない。それならば、もうやめた方がいいのだろうか。
 意味を見出せない習慣などやめてしまえ、と声が聞こえた気がした。それは尤もだと思う。思う、けれど。
 鞄から財布を取り出して、ポケットに突っ込む。あの文房具屋は何時までやっていただろうか。窓の外を見る限り、まだ日は暮れていないようだ。きっとまだ開いているだろう。
 部屋の扉を乱暴に開けて乱暴に閉めて、廊下を走る。
「ちょっといってきます」
 いってらっしゃい、の声を聞く前に、玄関の扉を開けた。



 夕陽に染められた道を、軽いビニール袋を手に歩いた。今日はいつもと違う物にしようかと思ったけれど、私が買ったのは、結局いつもと同じごくシンプルなレターセットだった。



おわり



サークルの提出用に書くような話を目指して。いつもはもっとホラーっぽいのを書くんですが、ノリはこんな感じです。

『おくりもの』

2010年9月9日 文章
 目当ての本が既に借りられていた。ぶつけどころのない怒りを抱きながら図書館を後にする。そんな時に、のんびりとした声がかけられた。
「あ、リィン。丁度よかった」
 振り向いた先にいる友人は相変わらず無駄に見た目麗しく、無駄に美声だった。
「何の用だ?」
「神様達から贈り物があったんだけど、リィン宛に本があるんだ。手が空いてるなら、ちょっと取りに来て」
「……何故突然?」
「手紙も受け取ってるから、そっちに書いてあるんじゃないかな」
 理由はわからないが、とりあえず行く価値はありそうだ。広間に出ると、『贈り物』が見えた。装飾品や奇妙な像、何に使うのかよくわからない道具もある中に、見慣れない箱があった。何故か箱の上に手紙が貼り付けてある。イルがその箱を白い指で示した。
「これがリィン宛の荷物だよ。重くて俺じゃちょっと持ち上げられないんだけど」
 箱に触れてみると、紙に似た手触りがした。木箱ではないのは確かだろう。箱にはでかでかと『本』と記されていた。一抱えほどの箱を持ち上げてみると、確かにイルには厳しいであろう重さだった。但し全く鍛えていない一般人と比べても遥かに脆弱なイルには厳しい、程度のものなので、俺には大して苦にならない。
「部屋に行かないの? 逆だよね」
「部屋は清浄中で入れない」
「珍しいね。旅に出る前とか図書館に行く前とかにやるのに」
 清浄は手間はさほどかからないが、時間がかかる。とはいえ、定期的に清浄しないと虫が寄り付きかねない。
「図書館で長居する予定だったが、予定が変わったからな。ま、今の時間なら休憩所が空いてるだろう。そこでいい。どうせお前も見るんだろう?」
「うん、見たい」
「……そういえば平然とついてきているが、あの『贈り物』は放置でいいのか?」
 一応こいつは神殿の最高責任者とかそういう立場だった気がする。そんな友人は迷う事なく首肯した。
「スノウさんから『像とか重いからイルは触っちゃ駄目だよ』って言われて」
「像に関してはお前は戦力外だから仕方がないな。存在するだけ邪魔だ」
 非力な上に怪我をしたら周りが困り果てる羽目になる人間だ。そんな奴には危なっかしくて触らせたくはないだろう。というか、こいつに何かあったら俺に面倒事が回ってきそうで嫌だ。
「そこまで言わなくても……で、ジャスさんから『手を挟むと危ないから道具には触れるなよ』って念押しされて」
「お前はやりそうだな」
「そんなに不器用じゃないよ。それで、シリウスさんから『装飾品の中にはジャスが用意したのもあるから念の為に触らないように』って注意された」
「あの神達の信頼関係がわからないな」
「ジャスさんならきっと何かをしているだろうっていう期待がこめられてるんじゃないかな」
 それを『期待』と表現できる程度には、こいつの頭の中は平和のようだ。
「だから、俺が触っちゃ駄目って言われてないのってリィンの荷物だけなんだよ。まあ、重くて持ち上がらなかったけど」
「見張りでもしたらどうだ?」
「ブライトから、『慣れてない連中が緊張するのでじっと見つめるのはやめてやってください』って言われた。俺ってそんなに怖いかな」
 怖いとはまた違うような気もするが、とりあえず放っておこう。そうしたところで俺に害はない。
 狙い通り利用者の少ない休憩所の適当な机に箱を下ろして、手紙を剥がした。封を破って、一枚だけ入っている便箋を取り出す。文面には、たったの一行。
「『イルがいつもお世話になっているお礼です』、だそうだ」
「え? そうなの? それじゃ、いつもお世話してくれてありがとう、リィン」
「世話をした覚えはあまりないが……貰える物は貰っておくか」
 変な物なら送り返すところだが。箱を開けると、中には確かに本が入っていた。見覚えのない文字が表紙に綴られている。だが、その意味は理解できた。
「言語を解する力というのは、異世界の文字にも通用するのか」
「異世界の人と話もできるんだし、文字にも対応してるんじゃないかな」
 曖昧な発言だが、いいのだろうか。一応こいつにつけられた能力なのだが、その当人がわかっていないというのはどうなのだろう。考えても仕方がないか。
 気を取り直し、箱の中身に目をやる。見た目も、題名から予想しうる内容もバラバラだった。
「何を基準に選ばれた本なんだ?」
「レイト君とかリュースイ君が読まなくなった本らしいよ。新しく買おうかと思ったらしいけど、リィンがどんな本が好きかわからないから、とりあえず適当に送りつけようって事らしいけど」
 色々と言いたい事はあったが、イルに言ってもどうしようもない事なのは確かで、そんな行動をいちいち取るほど時間を持て余してはいない。上の方に乗っていた本を一冊掴んだ。イルがひょこりと覗き込んできた。
「『よくわかる錬金術』……レンキンジュツ? どんなものなんだろ」
「これを読んだらわかるんじゃないのか? 『よくわかる』などと言っているんだ」
「あ、それもそうか。それにしても色々あるなぁ。……あ、『世界史』だって。レイト君達の世界の歴史が載ってるのかな」
「だろうな」
 イルが示した本を見ながら適当に返す。世界の歴史を纏めた割には、本の厚さはそれほどでもないように見える。
「うちの世界でもそういうの作る? 多分神殿の記録とか繋いでいけばできると思うけど」
「確か、創られて以来、ずっと神殿が中心にいるって話だったな。ならそれで作れるだろうが……面白みのない世界だ」
「だから他の世界がどんな風なのか、結構気になるんだよ」
「それなら、お前はそれ読んでろ。俺は……これでも読むか」
 イルが興味を持った本の下に隠れていた本。一部だけ見えた題名に、何となく気が引かれた。『殺人事件』なんて単語が含まれるとは、なかなか穏やかでない本だ。手にとって、右側に背表紙がある事に気付く。
「これは縦書きなのか、珍しいな」
「レイト君の国だと縦書きの本が多いらしいよ。って、うわぁ、何か物騒な本読むね」
「実際に起こった事件でも集めたのかもな」
「それは怖い……あれ、後ろになんか書いてあるよ?」
「あ?」
 本をひっくり返すと、確かに数行文章が続いていた。それに目を通して、肩をすくめた。
「何だ、推理小説か」
「推理小説って……ああ、人が死んだりする物語だっけ」
「端的に言えばな。しかし、率直な題名だな」
 こんな題名をした推理小説は見た事がない。やはり世界が違えば決まり事も違うのだろう。
 推理小説は特別好きなわけではないが、嫌いでもない。本を開いて文字を目で追い始めた。



 一冊目を読み終えた頃、イルが首を傾げた。
「そういえば、俺が見たいって言ってもリィン嫌がらなかったね」
「ああ、お前は人避けになるからな」
「うわ、リィン酷い!」
 ついでにこいつならば本を乱暴に扱う事もないと思っての事でもあるのだが、それは言わないでもいいだろう。
 そんな事を考えながら、二冊目に手を伸ばした。



<おわり>


やばい

2010年7月3日 日常
 また一月ぶりです。


 そして、またレジュメを書かなくてはいけないのですよ。相変わらず追い詰められないとかけない駄目人間です俺。


 小説書きたいなーとは思いつつ、あまり書けてません。いろいろと一段落したはずなので、そろそろかけるかも……。

 最近リィン達を全然書いていないので、そろそろ奴らの話を書きたいですね。ネタ帳にネタだけは書きとめてあります。一行程度だったり何を意味しているのかわからない文章だったりするのでまず解読という作業が必要になりますが。

 あと、ついでにライトをメインにした話を書きたいです。というかいつから言っているんだこれ。


 とりあえず、レジュメを終わらせてから考えます。

 今日はこれにて失礼します。

考え事

2010年6月4日 日常
 「全ての法則には例外がある」という法則。


 全ての法則には、と言っている以上、この法則にも例外があるという事になるが、例外――つまり、「例外のない法則」があるという事は、この法則に矛盾する。

 「全ての法則には例外がある」という法則の例外が、この法則自体であるという考え方もできる。「全ての法則には例外があるという事には例外がない」ということになる。だが、それは結局この法則が例外のない法則であるという事は全ての法則に例外があるという言葉と矛盾してしまう。

 この法則はそれ自体が矛盾したものになってしまう。




 ……さて、法則という字がゲシュタルト崩壊してきたところで、現実逃避はここまでにして、レジュメを書くとしようか……。
 久々にまともなタイトル。まあ、俺の事ですよ。

 部屋の本棚はいっぱいいっぱいで、ベッドは結構本やらノートに侵食されています。(日記帳とか、思いついたことのメモ用ノートとか)

 まあ、そっちは一応自分でどこに何があるか把握してあるんでマシなんですが、酷いのがパソコンの方です。

 タグ打ちで作り途中のホームページのフォルダは最近やっと場所を思い出したんですが、ここに載せようとかサイト用に書いておこうとか、メモした小説がどこにどんな名前で置いてあるのかわからないという始末です。

 その場その場でタイトルつけて適当なフォルダに入れちゃうのが悪いんですが。「思いつき小説置き場」というような名前のフォルダが三つくらいあります。そのどれもがここに載せられるような奴と完全に趣味で書いているものとが混ざり合って混沌としていたり。載せられるものとそうじゃないものを分けないと……。

 しかも、大体が突発的に書いているせいか、ただのメモだったり、書き途中だったり、唐突に始まって唐突に終わっていたりで、読み返して「そういえばこの時こうだったなー」と思い出せるものもあれば、「何故こんなものを書いたんだろう……」というものもあり。

 いや、その前に勉強しなきゃいけないなーっていうのはわかっているんですが、差し迫ってくるほどこういう事に精を出したくなってしまうので。本棚も最近だけで三回は本の配置とか変えたなー。



 とりあえず、今日はこれにて失礼します。

うわあああ

2010年5月22日 日常
 パソコンのフォルダとかを色々とチェックしていたら、サイトに載せていた『追憶』を発見しました。懐かしさに駆られて読んでみて、あまりに文章がアレで落ち込みました。今だってへたれた文章ですけど、今読んでも恥ずかしい。

 書き直す為には見なくてはいけない。でも見られるものじゃない……。懺悔も相変わらずそんな調子です。書き直して見直しては矛盾(?)みたいなものが見つかってまた書き直して、という感じです。やっぱり一から書こうかな。

 最近っぽい話題としては、世間で話題の『ついったー』とやらを始めた事くらいですかね。人のを読みたいが為に始めたような感じですが。名前は違うので、探しても見つからないです、念のため。

 近々何か小説を投下できればと思います。というか、いい加減続きものの続きを書き上げたい今日この頃。


 それでは、失礼いたします。

ひさびさすぎた

2010年5月14日 日常
 どうもお久しぶりです。というか久々すぎです。


 何だかんだで勉強とか体調崩したりとかで一ヶ月以上過ぎてました。


 とりあえず、生きてはいます。現在若干体調が悪いですが、風邪とかじゃないんで多分大丈夫だとは思います。


 色々と落ち着くまではやっぱり時間がかかりそうです。
 けど、とりあえず近いうちにまた何か書きにきたいとは思っています。



 とても短いですが、今日はこれにて失礼します。

またまた

2010年3月31日 日常
 またしても長々と放置していました!!
 一応生きてますすみません。



 とりあえず成績は出て、単位は無事に取れていたので四年生は卒業論文関係のみです。講座も今は一段落しているので、学校が始まってからの方が時間が取れるかも……いや、勉強しなくちゃいけないんですが。

 これを書いている今現在、本当は課題に没頭しないといけないんですけどね。現実逃避です。ていうか、この課題が終わるのか本当に不安です。ならもっと早く取り掛かれって言うね。

 とりあえず、意識して日記を書くようにしたいです。小学校六年生から書いてる日記は今でも毎日続いてるんだ、やろうと思えばきっとできるからやれよ、俺!




 では、今日はこれにて失礼します。

どうして二月は

2010年2月23日 日常
 どうして二月は二十八日までなのだろう!



 というわけで(?)明日から合宿です。合宿行く前に後日談を放置したかったのに……。まあ、サークルに出す原稿も昨日やっと手をつけたくらいなので、色々とあれなのですが。
 今回は勢いで書ききったので、後ですごく後悔しそうです。紙媒体でそうなるとか、頭を抱えて「うあー」とか叫びたくなりそうです。



 合宿で細々と後日談を仕上げようと思います。しかし、さっきチョコを作ったせいですごくチョコの匂いがする。甘ったるい。ビターにしたのに!



 では、今日はこれにて。それから、行ってきます。
 といっても、はまりこんでるゲーム難しい!くらいのものですが。



 いや、本当に面白いですね、すとれんじじゃーにー。メ/ガ/テ/ンが結構好きで、これまで「DSなんてやるもんか!」と思ってた俺にまさかの衝撃。でびるさばいばーは我慢していたのに! 南極から暫く帰れそうにありません。

 同じくメ/ガ/テ/ン好きの先輩から「SJ超楽しいよ、アリスもいるよ 」なんて言われたらやらないわけにはいかない。というわけで暫く前から弟のDSを借りてやってたのですが、数日前にDSらいとを買いました。カラーはブラックです。予想通り過ぎる。

 他のゲームをやったり勉強したりの合間にやってるんであまり進んでないってのもあるんですが、進んでいない最大の原因は、数十分かけて進む→ボスでもなんでもない普通の悪魔に殺されてゲームオーバー→しばらくやる気力を失う……という一連の流れのせいだと思います。ボスより普通にエンカウントする悪魔が怖い。雑魚とかいえない。慣れていても油断したりすると気が付くと死んでる。

 ニューゲームの時に「今回はHARDないのか」とか思ったけど、これで難易度HARDなんてあったら大変な事だと思い知りました。いや、もしかしたら二週目は自動的に難易度が上がるという事も考えられますが。真3もNOMAL、HARD共にしょっちゅう死んでましたけどね! フィールドを歩く時は破魔無効必須。

 やっぱり、主人公が死んだら仲魔がいくら生きていようが即ゲームオーバーというシビアさがいいですね。主人公だけ集中攻撃とか受けるとくじけたくなる時もありますが。主人公にガンガン即死攻撃(ドラクエで言うザキとか)しかけるとか、怖すぎます。怖すぎて呪殺無効のベストを脱げなくて、だからいつまで経っても防御力が低くて通常攻撃が痛すぎる。けど一撃死よりは多分マシです。

 基本的には主人公が破魔効かないのがいいですね、ホント。真3のように主人公も通常状態で破魔有効だったら、多分ゲームオーバーの回数が二倍くらいになっていたと思います。

 何より今回の特徴というか何というかは、やっぱりパスワードですかね。悪魔全書でパスワードを入力すると他の人が作成した悪魔を仲魔にできるというものです。他にも利用法はあったりしますけど。公式サイトで見てると、みんなすごいなーと思います。俺も結構合体には凝る方なので、いいソースが集まったりいいスキルが出たりしたら、ストーリーより合体に費やす時間が多くなりそうな気がします。

 真3では貫通とか勝利の雄叫びとか物理反射とかを御魂に継承させて御魂合体で覚えさせたりしてました。ちょっと(?)邪道ですが。P/3/Pではスキルカードがあったので少々楽でしたが、それでも勝利の雄叫びとかメギドラオンとか継承させまくったリリムを作るのには何時間か費やしました。アリスは言うまでもなく。

 すとれんじじゃーにー一周したら、でびるさばいばーにも手を出そうかと考えています。やっぱり気になる。



 メ/ガ/テ/ン知らない人にはわけのわからない日記となってしまいました。後悔も反省もしない駄目人間でごめんなさい。

 それでは、これにて失礼します。

おわり?

2010年2月1日 日常
 とりあえず、懺悔週間は無事に(?)終わりました!



 最後の話が妙に長くなりましたが。大体の話は3000字前後(というか、ちょっと超えるくらい)にするようにしているのですが、最後の話は5000字を超えてました。
 何故3000字なのか、その理由は忘れましたが、多分昔だいありーのーとの本文字数がその辺だったような気がします。そのせいかな……。



 二月中に後日談をUPします。補足とかその後とか。できるだけ早く頑張ります。前編だけ放置して後編まだのも早く書かないと。



 お付き合いいただき、ありがとうございました。

『呼び声』7

2010年1月31日 文章
 イルが杖を呼び出して数秒目を閉じた。イルが目を開けた瞬間に、扉が現れた。
「……よし、成功。手間がかかった割にはあっさり終わったね。まあいいや」
 杖を手にしたまま、扉に手をかけた。その肩をブライトが掴む。
「だから率先して開けようとしないで下さい。扉を開けた途端に矢が飛んでくる罠なんて珍しくもないですよ。底に槍を仕込んだ落とし穴とか」
 とりあえず、二人の立場を考える限り、ブライトの主張は間違ってない。こういう状況でなければ。一応突っ込んでおくか。
「作成者を考えると、そんな盗賊が仕掛けるような罠は無いと思うがな」
「そういうもんか?」
「神々によれば、神殿長というのはほとんどがおとなしい気性の人物らしいな。神殿長の中では、イルがかなり攻撃的な部類に入るとまで言われているんだから相当だろう」
「……それは相当だな」
 杖を片手に完璧な角度で首を傾げるイルを見て、『攻撃的な人間』と断ずる者はいないだろう。まあ、相手を傷つける事は嫌いだが、傷をつけない範囲でなら戦う事もある。いや、『戦う』という表現が正しいのかはわからないが。今は関係が無いか。
「……ブライトは神殿に来るまで何してたんだ?」
「……ライト達が知るにはまだ早いな」
 ブライトは微妙に目を逸らした。
「悪人面を見ればわかるだろ」
「いや、別に民間人を襲ったりはしなかったさ。弱い奴に興味はねえしな。……まあ、各地の盗賊とかとはちょっとやりあった事もあるが、そのくらいだ。多分な」
 ブライトは軽く笑ってそう流した。子どもが見たら怯えそうな悪人面だが、妙にこういう表情が似合う。顔立ちと顔つきは違うという事か。
「ま、どっちにしろ、俺じゃないと開かないよ。ほら、扉に紋様が浮かんでるのが見える? あれがね……」
「見えない」
「見えないですね」
「見えません」
「あう、見えないよ?」
 イルが驚いたような顔をした。腹が立ったので頬を引き伸ばしておく。ハザードに比べると伸びが物足りない。ライトが口を開く前に手を離した。非難の目を向けられるがとりあえず無視しておく。セイが首を傾げた。
「え? 俺、見えるよ。ぼんやりしてるけど、青いのだよね」
「そうだよ。うーん、見えにくいのか、これ……。皆もそんなに鈍いわけじゃないよね。リィンは結構鋭い方だろうし……って事は、やっぱりセイは皆と比べてもかなり感受性が高いのかな。歌人族は感受性が高いとは聞いてたけど」
「それは興味深いが、今はいい。で、その紋様とやらが何なんだ?」
「ああ、それで、ここの部分がね……」
 目の高さ辺りを指で示し出した辺りで、決めた。
「やはり説明はいらん。とっとと開けろ」
「え? うん、わかった」
 見えないものの説明をされても無意味でしかない。こいつの事だから多分『ここの部分をこうしてみるとこうなるから……』とか抜かすだろう。
 扉の先には、暗い通路が続いていた。その通路も神殿と似たような雰囲気だが、ここまでとは少し違う感じがした。単なる雰囲気、というより、もう少し強い何かがある。それを上手く表す事はできなかった。奇妙な感覚だ。
 イルを先頭に扉を潜る。通路は暗いが、さほど狭くはない。ブライトが中に入った途端、その手にあった松明の火がまるで空気中にとけるように、消えた。通路は暗いが、何も見えないほどではない。多少不便だがこうなったら何をしても火はつかないだろう。これも何かの仕掛けと考えた方がいい。
 イルなら明かりを出せるかもしれないが、目が慣れてくれば別に照明が必要なほどではないとわかる。
「……この先だね」
 呟いて、イルは歩き始めた。特に言葉も無くそれに続く。先頭がイルというのは安心材料とはとても言えないが、仕方ないだろう。
 普段は騒がしいセイとハザードも黙っている。俺も黙っていた。特に言う事もない。
 暫く歩くと、青い光がぼんやりと見え始めた。奇妙な感覚も強くなってきた。
「ああ、あれかな」
 イルはそう言うと歩調を速めた。何が何だかわからないが、イルには何かがわかっているようだ。正直言って腹が立つので、後で変な髪形にしてやろう。
 青白い光を中心とするように、広い空間がある。通路よりも、違和感のある感覚に満ちていた。
 青白い光は人の頭ほどの大きさで、ふわふわと浮いていた。イルがそれを数秒眺めて、口を開いた。
「どうも、こんにち……あれ? まだおはようの時間だっけ?」
「出発してから大分経った感じはするが」
「それじゃ、こんにちはで合ってるよね。あ、こんばんはかもしれないか。どうしよう?」
「……それは今重要な事か?」
「挨拶は重要だよ」
「『ごきげんよう』とかでいいんじゃないですか? これならいつでもいいですし」
 まさかライトからそんな発言が出るとは思わなかった。だが考えてみると、最初の頃こいつの標準語はかなり固いものだった。挨拶も型どおりのものならいくつも習得していたのかもしれない。
「あ、そうか。それはいいね。……あ、やっぱり今は向かないかも。うーん……あ、そうだ!」
 何か閃いたらしく、イルが笑みを浮かべた。
「俺はえーと……何代目だっけ? とりあえず、何代か先の神殿長をやってるインペリアルです。――初めまして、かつての神殿長」
 その途端、光が揺らめいた。そして光はやがて、人の姿を結んだ。青白く発光するその姿は、華奢な青年だった。整った面立ちだが、あまり目立たない印象だ。
「……君達は?」
 青年、否、イルの言葉によれば『かつての神殿長』が、こちらを見回した。イルを見て、ぱちりと目を瞬かせている。
「迎えに来ました……って感じなのかなぁ」
 イルの自信なさげな声に、また首を傾げた。



 突然声をかけられたと思ったら、何だか綺麗な人間がいた。一瞬人形かと思うくらいに、非人間的なくらい綺麗だった。もし人形なら、どれだけの人が欲しがるのだろう。そんな事を考える。
「迎えに来ました……って感じなのかなぁ?」
 美人の言葉に首を傾げた。声からすると一応男かな。ちょっと残念だ。
 それにしても、『迎え』というのはどういう事だろう。僕はどこかに来ていたのだっけ。長い間眠っていた時みたいに、頭がぼんやりしている。眠っていた時みたいに、というか、多分眠っていたのだろう。
「んー……何だっけ……?」
 そういえば、彼が声をかけてきた時、何て言っていた? 確か……。
 思い出して、一気に目が覚めた。
「え? 神殿長? 何代も先って事は……僕は死んだんだっけ? うーん……あ、そうそう、確か死んだんだ」
 段々と思い出してきた。正確には一般的な『死ぬ』という事とは、少し違うのかもしれない。だけど、僕にとってはあれは僕の『死』なのだから、別に構わないだろう。
 そう、確か僕は魂だけになって、その後どこかに行ったのだ。どこだっただろう。考えようとして、気付いた。そういえば、今ここには僕以外の人がいるのだ。聞いてみた方が早いかもしれない。
「ここはどこかな?」
「えーと、あなたの療養所から飛ばされて、台座がある丸い部屋に、そこからもう一度転移した部屋から暗い通路を通ってきたのがここです」
「その説明でわかるのか?」
「あ、思い出した」
 そう、折角『力』があるのだからと、冒険小説に憧れて、療養所にちょっとした仕掛けを仕込んだ。当時のお目付は呆れていたけど、何だかんだで許してくれたっけ。晩年はほとんど寝込んでいたから、哀れに思っていたのかもしれない。何だかんだで、あの人は厳しかったけど優しかった。今思うと懐かしい。
「そう、思い出してきた。確か、この場所がゴールで、宝箱を置こうとしたんだよ。ああ、でもどうして宝箱を置かなかったんだっけ?」
「そういえば、日記で『宝箱の実物を見た事が無いから、今度資料を探そう』とか『何を宝にすればいいのかわからないから、思いつくまで保留』って書いてあったけど……」
「え? 日記読んだの? まあいいけど……僕の日記なんてつまらなかったでしょう。ごめんね」
「いえ、こちらこそ勝手に読んでごめんなさい」
「あ、大丈夫大丈夫。本当に嫌だったら、『日記全部処分して』って頼んだから」
 そう、だから見られたのは恥ずかしいけど、そこまで嫌じゃない。今はそれより内容が重要だし。うん、段々思い出してきた。
「そうそう、結局思いつくまで何もないままにしようと思って、最期まで何も思いつかなかったんだよ。悔しかったなぁ」
 今思い出しても悔しい。でも、適当なもので誤魔化すのも嫌だったのだ。
「ねえ、君。やっぱり、冒険なら何かちゃんとした宝物があった方が、楽しいだろう」
 ああ、そうだ。一度そう思うと、宝物を忘れたこの療養所の仕掛けが、全部徒労に思えたのだ。寝床から動けなくて、ぼんやりと本を読んでいる内に考えた、沢山の仕掛け。
「結構頑張ったんだよ。ほら、冒険って、力を合わせてやったりするじゃない。だから、二箇所で同時に取っ手を引かないと扉が現れないようにする仕掛けとか、一番お気に入りなんだ。声でやりとりがやりにくから、息の合う二人じゃないとなかなか成功しないだろうと思って」
 熱弁すると、眉間に皺を寄せていた子と金髪の子が揃って嫌そうな顔をした。もしかしたら、この二人はその仕掛けで苦労したりしたんだろうか。
「あれ? でもどうして僕はここに来たんだろう? 今更ここに来たって、宝箱なんて置けないのに」
「宝箱を置けなかった事が気になっていたから、自然と魂がここにひかれてしまったんじゃないかな。スノウさんが言ってたけど、そういう事があるみたいだし」
「スノウ、さん……? ああ、霊魂の神様。あの神様が言うなら、多分それが正解だね。あの人達、じゃなくて、あの神様達、元気そうだった? 多分、元気だと思うけど。あの神様達の事だから」
 あの神様達に会うと、少し明るい気分になれた。
「心配してた。あなたがどこに行ったかわからないからって」
「そうなの?」
「スノウさんによると、迷子扱いになってるみたい」
「迷子かぁ。それは恥ずかしいな」
 もう迷子という年齢はとっくに越えてる。だから行くべき場所に行きたいけど、まだ宝物が決まってない。
「ねえ、宝物って何がいい? 考えたけど思いつかないんだ。何がいいのかな? 綺麗な石? それとも、お金がいいのかな? あ、やっぱり伝説の武器とか? ああでも、武器なんて持ってないし、見た事もあんまりないや」
 何ならいいんだろう。誰でも喜ぶような宝物って、何だろうか。
「……宝物を決めるまでは、ここを動けない?」
「だって、気になるじゃないか。誰でも喜ぶ物がいいんだけど、君は何がいい?」
「うーん……とりあえず、『誰でも喜ぶ物』は、多分ないと思う」
 美人の言葉に、驚いた。
「そうなの?」
「例えば俺はもっと友達がいたら楽しいって思うけど、リィンは絶対喜ばないし」
「当たり前だ。第一宝箱に入ってる人間を友人にしたいか?」
 眉間に皺を寄せている少年が、うんざりした顔をした。
「それじゃ、君は何が欲しいの?」
「本」
「いつも本だな、お前は」
「君だったら何が欲しい?」
 怖そうな顔をした子に聞いてみる。彼は堂々と言った。
「強い奴と戦う権利」
「……みんなバラバラだね」
 僕が悩んでいたのは、どうやらかなりの難問だったらしい。皆が喜びそうなものって、こんなに難しいものなんだ。これじゃ答えなんか当分出そうにない。
「……あ、じゃあね、『お願いを叶えてくれる』っていうのは?」
「え?」
「そういう物語読んだんだ。『一つだけ何でも願いを叶える』っていうごほうび!」
「ああ、それはいいね」
 それならみんな、自分で好きなものを願える。けど、問題があった。
「それ、今の僕でもできるかなぁ」
 いや、多分できない。そう思った時、美人が言った。
「それじゃ、一番乗りだから代表で俺の願いを叶えて欲しいな」
「今の僕じゃ大した事できないよ?」
 一応言うと、にっこりと笑った。見惚れるような笑顔だ。
「あの部屋にあった本、貰ってもいいですか?」
「……そんなのでいいの?」
「あれがどうしても欲しいんです。今の神殿、読書家が多いんで、皆喜んでくれるかも」
「そう? いいよ、あげる。どうせ僕はもう読めないから」
 答えると、彼は嬉しそうに笑った。それを見ると、ふっと身体が軽くなる。ああ、もう魂だから身体じゃないんだ。けど、なんだかふわふわしていて心地いい。こんなに身体が軽いのは初めてだ。
 行くべきところはもうわかってる。早く行かないと。迷子扱いのままは恥ずかしい。
 ああでも、ちゃんとお別れを言わないと。
「――じゃあね」
 彼は小さく手を振ってくれた。これから行くところに、いつか彼も来るのだろう。その時はたくさんたくさん話をしよう。これから行くところでまで、寝込んでばかりじゃないといいな。ああ、そういえば、あの人は待っていてくれているだろうか。待たせすぎたって怒るかな。それでもいいや。会った時に謝ろう。
 視界が白く染まる瞬間、あの人の顔が見えた気がした。



 消えた光を見送って、イルが一つ息をついた。
「……とりあえず、帰ろうか」
 その意見に、異議は出なかった。



<終わり……?>

『呼び声』6

2010年1月30日 文章
「あ、みんなここにいたんだ」
 明快な声が響いた。光から現れたのは予想通り、セイとブライトだった。
「ああ、丁度良かった。全員揃ったね。一つ聞きたいんだけど、こういう手紙を途中で見つけなかった?」
 イルが手にしているのは、白い封筒。それが三通分あった。あんなものは途中で見た覚えが無い。
「俺は見ませんでした」
「俺も見てないですね」
「あ、俺見たよ! これ?」
 セイがポケットから白い封筒を取り出した。封がしてあって、開けたような形跡はない。
「そう、それ。ちょっと貸してくれる?」
「うん。けど、その手紙……」
 イルが封を開けた途端、セイの言葉が止まった。
「……あれ? さっき全然開かなかったのに」
 セイは首を傾げているが、封筒を見る限り糊付けされたような形跡もない。だが、先程見た時は封がしてあったように見えた。恐らく、かつての神殿長の仕掛けだろう。何故そんな真似をしたのかはわからないが。
 イルは中に入っていた紙に目を通して、一つ頷いた。
「うん、なるほど。ブライト、盗賊の元アジトからあの丸い部屋に来たのかな?」
「え? ああ、そうですけど」
「その時、どうやってあの部屋に飛ばされたかわかる?」
「うーん……やっぱりあの鏡、かなぁ。ね?」
 盗賊の元アジトを探索していた面々が頷いた。
「変な音がする鏡だったな」
「そうそう。壁に埋め込まれてたんだよね。……けどどうやって埋め込んだんだろう? 普通の洞窟だったよね?」
「……そういえばそうだな。普通の岩っぽい壁だったし、鏡を割らずにめり込ますなんて普通は無理だよな」
 ブライトはそう言うが、鏡が割れる事を覚悟しても、岩にめり込ますのは無理だろう、普通。
「それじゃ、間違い無さそうだね。俺も調査の時に一応見たし。その鏡はかつての神殿長が仕込んだ仕掛けの一つだね。盗賊が住み着くずっと昔に仕掛けたんだと思う」
「けど、調査した時は何も無かったって……」
「多分、他の条件を満たしてから発動するようにしてたんだろうね」
 その条件に、一つ思い至るものがあった。
「あの療養所に入る事、か?」
「多分ね。あの丸い部屋は、二つの場所の術が発動してからもう一つの仕掛けが作動する仕組みになってたんだと思うよ」
 それを聞いて、嫌な想像にいきつく。とりあえず気になるし聞いておこう。
「……という事は、あの丸い部屋に行った時点で鏡の方に誰も来なかったら、仕掛けも発動せずにずっとあのままという事か?」
「そうなっても大丈夫だよ。術で帰れるし」
「お前ならな」
「他の神殿長でも、多分大丈夫だよ。帰還するだけの術ならほとんどの神殿長も使えると思うし。扉の仕掛けを解けるなら、まず間違いなく帰還できるよ」
 正直こいつの観念がどこまで通じるのかはわからないが、とりあえずここまで言い切るなら信用していいだろう。これで嘘だったとしてもどうせ確かめる手段などはない。今の時代の神殿長は、一応こいつだけなのだから。
「ここから脱出は出来るんですか? 見たところ扉が無さそうですけど」
「神殿に帰るだけなら簡単なんだけどね。転移の術を使えばいいだけだし。ただ、このままにしておくのはちょっと可哀相だから、ちょっと待ってて」
「……というか、さっきから話がよくわからないんですけど。そもそも、神殿長達が行ったという遺跡と、何か関係があるんですか?」
「……そうだね、先に話しておこうか」
 イルは苦笑して、話し始めた。その間に本でも読むか。



 古びた本が詰め込まれた本棚をざっと眺めてみる。それだけでも、かなり貴重な本が何冊か見つかった。古びてはいるが、読めないほど劣化が酷いわけではない。変に持ち出さない方が保存上良さそうな気もするが、それだと読めないな。
「リィン、本を持ち出したいのもわかるけど、少し待ってて。一応聞かないと」
「聞く?」
「そう。ここを創ったかつての神殿長にね。必要なものは揃ったし」
 四通になった手紙をひらりと振って、イルが笑った。どちらにせよ、この量の本を持ち出すとなると事前準備が不可欠になるだろう。今無理に持って行く事はない。もう一度この場所に来られるのかはわからないが、イルはあまり無責任な性格はしていない。駄目だったらその時に殴ろう。もしくは蹴ろう。
「で、結局その手紙は何だったんだ?」
「扉を呼び出す手順が書かれてるんだ。ちゃんと番号も振ってあるよ。ここまでの仕掛けといい、この手紙といい、この神殿長はかなり論理好きだったのかもしれないね。一括でやろうとすると結構『力』を使うんだけど、上手く論理を組み立てると小さい『力』でも複雑な事ができるから。身体の弱い人だったらしいし、こういうところで工夫してたんだね。ちょっと面白そうだから俺ももう少し勉強してみようかな。後世に残るようなすごい迷宮を作りたいし」
「……後世の神殿長がお前と同じように暇だとは限らないだろう」
「うわ、酷い! 千年とか二千年とか、もっと先の人でもいいんだよ。そのくらい経てば、一人くらい迷宮に興味持つ人もいるだろうしさ」
 随分と気の長い話だ。第一、自分がいなくなった後の世界を考えてどうするというのだろう。馬鹿げている。とりあえず、端的に一言で伝える事にした。
「馬鹿か」
「酷いなぁ……だってさ、後世の神殿長が暇してたら可哀相じゃない。俺みたいに友達がいればいいけどさ、ずっと一人ぼっちでずっと退屈って、結構辛いんだよ。だから、暇潰しになればいいかなって」
「他人の暇潰しの為に迷宮を作るのか?」
「俺の趣味も兼ねてるから、一石二鳥だよ。作る時はリィンも相談に乗って欲しいな。リィンなら凄い罠とか思いつきそうだし。やっぱり学者の子達にもアイディアを貸してもらおうっと」
「俺もやるー!」
「僕もー」
「へぇ、面白そうですね。罠なら色々ありますよ」
「危険なのは駄目じゃないか? 後世の神殿長用に作るんだろ?」
 ブライトにライトがツッコミを入れた。意外と『ツッコミスキル』とやらが伸びているようだ。妙なところで成長しているらしい。
「危険じゃなければいいんだろう? それなら、途中で心が折れるような複雑な仕掛けを入れてやれ。案は出してやる」
「……リィンはそういうの何個も考え付きそうだよな……」
 そのくらい考え付くだろう。イルは愚直なほどお人好しだから思いつこうとしていないのかもしれないが。ハザード達は、論外か。
「ま、とりあえず、ここの創造主に話を聞きに行こう。えーととりあえずこの仕掛けを解かないとね」
「手順がわかっているなら、すぐだろう?」
「そう言いたいところなんだけど、一つ一つが謎かけみたいになってるんだよ。ここで見つかった分はもう解いたんだけど、この一枚はまだなんだよ」
 セイが持ってきた手紙を手に、イルが苦笑した。紙を受け取って、目を通す。やはりあの文字が綴られている。ライトと同じ地方出身者というのは、ほぼ確定でいいだろう。別々の地域でこれほど文の形態や文字の形などが似る事はない。一般の移動手段は殆どが徒歩で、精々馬や馬車、船くらいしかない。行商の盛んな場所は、標準語で統一されている。

『「表の頂点の話」

 見ていて欲しい
 ぎこちないかもしれないけど
 価値さえないけれど
 羅針盤の先は
 六の数字を示す』

 正直、意味がわからない。何を言いたいのだろう。
「そうそう、ヒントはさっきフィアスが見つけてくれたんだよ」
「ヒント?」
「そうそう。えーと『ヨ』『テ』『ミ』『タ』だったかな。一文字ずつ離れて書いてあったらしいけど……リィン?」
「……馬鹿か?」
 そこまで出たならすぐ気付くだろう。いや、こいつは結構うっかりしているからな。簡単に騙されるし。単純な手口にほどあっさりと引っかかったりもする。
「『右から六』か。頂点の話、という事は一番上……だが、表?」
 そういえばさっきは扉があった。製作者はこういうのが好きだったんだろうか。なんて暇だったのだろう。
「ここにあるもので一番上、とか言えそうなものって……本棚かな、やっぱり」
「……ああ、だが表というのが解せないな」
「そっちの本棚じゃないかな。古い本が沢山入ってる方は、あっちの本棚を動かしたら出てきたから」
 そういう事は先に言え。
 ため息をついて、表の本棚の一番上の段、右から六番目の本を手に取った。



<続く>


『呼び声』5

2010年1月29日 文章
 扉を開けた先には、俺の部屋よりは少し大きいくらいの部屋があった。大きなベッドがあって、枕元に本が一冊置いてある。ただそれだけの部屋。煉瓦づくりのような壁は、結構古い感じで隙間も空いていたけれど、綺麗な白だった。わざとぼろぼろっぽい煉瓦を使ってるのかもしれない。古いお城みたいな気もする。
 ぐるっと見渡してみて、思う。やっぱりこの雰囲気は神殿とよく似てる。上手く説明できない独特の雰囲気。ただ似ているけれど、いつもいる神殿よりも何だか少し静かなような、そんな雰囲気がした。神殿と違って人がいないから、というだけじゃないみたいだ。人がいない、と考えてから、思いついた。この雰囲気は静けさというよりも、どこか寂しさに似ているような気がした。
「寝室か? 結構明るいな」
「それじゃ、松明消す?」
「いや、また急に暗い所に飛ばされないとも限らないし、そのままでいいだろう。寝台に触る時とかは気をつけろよ」
「りょーかい」
 火事になったら大変だ。逃げ場がないのは怖いと思う。ブライトは首を傾げた。
「扉とかは見当たらないな……。どこかに仕掛けがあるのか?」
「あの本に書いてないかな?」
「本か……」
 ブライトは鏡をベッドに一度置いて、本を取った。気になるけど、本が燃えちゃったら困るから、近付かない方がいいかな。
 窓はない。扉も入ってきた扉だけ。ブライトが閉めたみたいで、扉はしっかりと閉じていた。重そうに見える扉だけど、案外軽い扉だったっけ。それも神殿の扉に似てる。もしかしたら、昔の神殿長と何か関係があるのかもしれない。けど、それだと昔の神殿長と盗賊も関係があるのかな。盗賊のアジトにあった鏡からここまで来ちゃったし。
 扉に近付いて、ちょっと気になった。顔の高さくらいの位置に、よく何かを引っかけるのに使う小さい鉤がついてる。そういえば、さっきこういうのを見たような気がする。ついさっき、だったのにすぐに思い出せない。ブライトの声が聞こえてきた。
「何か数行しか書いてないな……ん? 駄目だ、読めない。この文字、標準語じゃないな。どっかで見た文字なんだが……」
「あ、それじゃ、俺に見せてー」
 俺は文字を読んだり言葉を話したりする能力をつけてもらったから、大体の本は読める。ただ、難しいと理解はできないんだけど。
 ブライトと、松明と本を交換した。本に書いてある文字は読めるけど、どこの文字かはわからない。前にこの文字の詩を読んだ事もあるんだけど、どこの人が書いた詩なのかは思い出せなかった。
「えーと、『扉の真正面』『合わせ鏡で道が開く』……これだけ?」
 ちょっと紙が勿体ない。他のページに何か書かれてるかもしれない、と思って頁を一枚一枚めくった。見えるのは、白紙のページばかり。けど途中に、手紙が挟まっていた。白い封筒だ。開けようとしたけど、開かない。
「とりあえず、合わせ鏡をやってみるか。この鏡を使うのか?」
 ブライトが片手で鏡を持った。あ、思いだした。
「ブライト、扉のところに、鏡を引っ掛けられそうだよ」
「ん? ああ、本当だ。それにしても、もう一つ鏡が必要になるな……ああ、扉の真正面の壁を調べろって事か。セイ、そっちを調べてみてくれ」
「わかった!」
 とりあえず、手紙はポケットに入れた。後で誰かに見てもらおう。本はとりあえず元の場所に戻しておけばいいよね。
 壁をぺたぺた触ってると、一つゆるい煉瓦があった。顔くらいの位置の煉瓦だ。隙間に指を入れると、とっかかりがある。ぐいっと引くと、煉瓦が外れた。
「あ、鏡!」
「おお、丁度高さもぴったりだな」
 合わせ鏡を見るのは初めてだ。覗き込んだ時、眩しい光が沸き起こった。



 手紙は三通ほど見つけたけれど、これでも何か足りない気がする。その時、光が部屋に満ちた。
「……予想より早く合流できたな」
 聞こえてきたのは、リィンの声だ。光が消えて、リィンとライトの姿が見えた。フィアスが眩しがってないかが気になったけど、フィアスはちゃんと腕を上げて目をカバーしていたらしい。それをハザードにも是非教えてあげて欲しいと思う。
 そういえば、ライトもいるけどフィアスのままで大丈夫なんだろうか。フィアスも気付いたのか、慌てたように俺の後ろに隠れている。ライトが首を傾げた。
「ハザード、眩しかったか? しょっちゅう光が起こるみたいだし、ゴーグルした方がいいんじゃないか?」
 そういえば、その手があった。フィアスは何も言わず、目を逸らしている。
「う、うん……」
「ハザード?」
 顔を覗きこまれて、フィアスは少し動揺しているようだ。俺とリィン以外の前に出る事はほとんどなかったし、初対面で緊張しているのかもしれない。俺もちょっとひやひやした。ここで何か揉め事が起きても大変だし。
「……ん? ハザードか? 何か変だな」
「そんな事は……」
「何かいつもよりちょっとだけ子どもっぽさがなくなってる気がする」
 結構鋭い。フィアスも子どもっぽいといえば子どもっぽいけど、ハザードの方がより小さい子っていう感じだ。
「そいつはフィアスだ」
 リィンがあっさりとそしてきっぱりと言った。フィアスが慌てている。ええと、これはちゃんと説明した方がいいのかな。そう思ってライトを見ると、ライトは頷いていた。
「……まあ、事情があるんだな? 俺はライトだ。よろしくな」
 手を差し出されて、フィアスは少し困惑した。それでも、ゆっくりと差し出された手を握り返した。
 ちょっと驚いたけど、リィンも少し意外そうな顔をしていた。
「……追究しないのか?」
「地元の知り合いに結構多いんだよ。一人の中に何人かいるっていう人。確か先祖とかが憑依とか。家によって理由が違ったりするらしいけど、結構複雑みたいだったし、あんまり深く聞かない方がいいだろ」
「……そっか、ライトの出身地はそういう文化が残ってるところだったね」
 何か大きな事を成した先祖の魂が子孫の誰かに憑依する、という事が行われている家というのは、それなりにある。偉大な事を為したといっても普通の人の魂だし、それはそこまで長持ちするようなものじゃないから、途中で途絶えてしまったり、別の人が役割を継いだりしているらしい。憑依された人は先祖と折り合いが悪いととても辛い事になるらしいけれど、先祖から伝えられる事で残る伝統も決して少なくない。そういう家はいくつかの地域が固まっていて、俺の住んでいた地域にはそういう家は無かったっけ。
「何人もいる場合があるのか? かつてはそういう事も多いという話だったが」
「大抵は本人ともう一人くらいだったけど、本人に加えて三人くらいいる奴もいたな……」
「それは賑やかだな」
 フィアスが想像したのか、ちょっと嫌そうな顔をした。寂しくなさそうだけど。ライトが、ふと首を傾げた。
「そういえば、途中で一人に戻った知り合いが一人いたっけ。ずっと憑依されてたんだけど、それが嫌でどこかに頼んで憑依をやめてもらった途端に身体が弱くなって、一年の半分は表に出られないくらいになったんだよ。家の人が言うには、元々身体が弱かったのを、憑依でどうにか少しは持ち直せるようにしたとか」
 そういう逸話は、確かに本とかで読んだ事はある。実際にそこまでになるとは、思っていなかったけど。この空間を作り出した神殿長はライトの出身地と同じ地方の人物の可能性が高い。昔はもっと一般的に憑依が行われていたらしいし、もしかすると神殿長もそういう家に生まれたのかもしれない。
「……それ、さびしくないのかな?」
 ぽつりと言ったのは、フィアスだった。ライトが困ったような顔をした。
「あー……そうだな。そいつ、憑依してた人としょっちゅう喧嘩とかしてたらしいけど……たまに見舞いに行くとさ、いつも少し寂しそうな顔をしてたよ。あれは、外で遊べなくなったからだってあの頃は思ってたけど、今思うと喧嘩ばかりしてた相手でも、急にいなくなると寂しくなるものなのかもな」
 言ってから、急に眉を顰めた。リィンも同じような反応を示している。この二人、何だかんだで合わないというわけじゃないらしい。
「……ハザードに代わる」
「ん? 突然どうしたの?」
「……半分こだから」
 ぽつりと言って、ふっとフィアスの身体から力が抜けた。雰囲気が変わった。ライトもそれに気付いたらしい。
「……ひょっとして嫌われてるんでしょうか?」
「いや、それはないと思うよ」
「んー……イル? あ、リィン、ライト」
 ぱちぱちと瞬きしている。ハザードの頭を撫でて、とりあえず二人にこれまでの事情を話すべく、どういう順序で話すか考える。リィンは本棚を物色していた。とてもリィンらしい行動だ。
 そうだ、話す前に、一つ聞いた方がいいだろう。
「二人とも、ここに来るまでに……」
 言いかけた途端に、また部屋の中に光が現れた。流石にもう、慣れてきたけど。



<続く>

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