1.髪遊び


 リィンは俺の部屋に入るなり、勝手に本棚を物色して本を掴み、寝台に転がりながら読み始めた。いつもの事なので放っておいて、きょとんとしていたハザードの髪を梳かす。ふわふわした白い髪は、出会った時よりも伸びていた。
「髪、邪魔じゃない?」
「あう……特訓してると、ばさーってなるの」
「切ろうか?」
「イルみたいに長くしたい。フィアスもそう言ってたよ」
 その主張はとても微笑ましいものだけれど、やや癖のある髪は、伸ばすと色々と大変かもしれない。俺は特に手入れを必要とはしないけれど、普通は長い髪は手入れが必要らしいし、ハザードにできるだろうか。まあ、それは俺が決める事じゃないか。
「ハザード、これから訓練だよね?」
「うん。ハルと」
「それじゃ、結んでおこうか。ちょっと高めにした方がいいかな」
「……イル、結べるの?」
「うん、できるよ。ハザード、ちょっと頭を真っ直ぐにしてね」
 紐を手に、ハザードの髪を纏める。兎の尻尾みたいになった髪が可愛らしい。こちらの手が止まった事を察してか、ハザードはくるり、とこちらを向いた。
「それじゃ、どうしてイルのはリィンが結んでるの?」
 ことりと首を傾げ、大きな瞳でこちらをじっと見ている。成程、いつもリィンが結んでいるから、自分では結べないと思っていたらしい。
「リィン、他人の髪をいじるのが好きみたいなんだよね」
「そうなの?」
「そうだよ」
「違うな」
 肯定と否定の言葉を同時にかけられ、ハザードは少し混乱したようだ。寝台で本を読んでいたリィンが、いつの間にか顔を上げていた。
「少年に妙な事を吹き込むな。後で煩くなると困る」
「……ハザードに『髪結んで』って言われたくないと?」
「そういう事だ。第一、俺はお前の髪でしか遊んでないだろ。他人の髪をいじるのが好きなわけじゃない」
「え? でも……」
「お前の髪をいじるのが暇つぶしに丁度いいだけだ」
 その言葉を理解するのに、少し時間がかかった。ことりと小首を傾げていたハザードが、ぽん、と手を打つ。
「イルだけってこと?」
「正解だ。お前にしては珍しいな」
「あう、ほんとに? やったー」
「やったね、ハザード!」
「……そこで褒められていると判断するのか、お前ら」


おわり



2.続・髪遊び


 部屋に遊びに来たフィアスの髪を梳かし終えると、不意に彼が振り向いた。
「どうしたの? 痛かったかな?」
「ん……そうじゃなくて」
 フィアスは暫く迷う素振りを見せてから、口を開いた。
「僕もイルの髪、結んでみたい」
「ああ、いいよ。えーと、髪留めはどこにあったかな……」
 ここは一応俺の私室なのだが、リィンが勝手に配置を変えてしまうので、たまに物の置き場所がわからなくなる事がある。本だけは毎回几帳面に戻してくれるのだけれど。


 フィアスの協力もあって、髪留めは早く見つかった。おぼつかない手つきで櫛を扱い、懸命に髪を留めようとする気配が伝わってきて、非常に微笑ましい。
「……できた」
 少し嬉しそうな声。鏡を見てみると、頭の上の方、やや右寄りの位置で、髪が留められていた。力加減に苦心したのか、少し緩い。それでも、初めて挑戦したにしては上出来だろう。
「ありがとう、フィアス」
「ん……」
 頭を撫でると、少し照れたように俯いた。その姿は可愛らしいけれど、そろそろフィアスを寝かせないと、明日ハザードが大変だろう。
「フィアス、もう遅いから、そろそろ寝ようか」
「ん、わかった……」
 フィアスが素直に頷いてくれた瞬間、扉が開いた。相変わらず不機嫌そうな顔のリィンが、数冊の本を抱えて立っている。
「虫の声が煩い」
 不機嫌そうな声でそれだけ言って、ずかずかと入ってきた。そういえば、そろそろそんな季節だ。この辺りに生息する虫の中には、この時期に大きな声を上げて鳴く虫がいる。昼間は静かなのだが、何故か夜中になると鳴き出すのだ。窓を閉めれば虫の声はマシになるけれど、空気がこもるので部屋が暑く、寝苦しくなる。常に神殿に暮らす子達は、この時期の最初だけは睡眠不足になりがちらしいけれど、すぐに慣れるそうだ。リィンの場合、寝るだけなら多分気にせずにいられるのだろうけれど、本を読む上で不快なのだろう。
「……『おやすみなさい』」
「うん、おやすみ、フィアス」
 ハザード君に挨拶はちゃんとするのだと力説されたらしく、フィアスも律儀に挨拶をするようになってきた。リィンがそれを無視するのはいつもの事なので、フィアスも気に留めずに扉の前から姿を消した。
 ぱたん、と扉の閉まる音が聞こえて、それに合わせるように髪がばさりと広がるような感覚があった。
「……あれ?」
 緩く留まっていたから取れてしまったんだろうか、と思って振り返ると、呆れたような顔をしたリィンと目が合った。
「……この時間に髪を結んでどうする。しかも下手だ」
「初めてにしては上出来だと思うよ?」
「やはりあいつか。絡まっているから梳かしておけ」
 それに返事をしようとして、気付いた。
「リィン、折角フィアスが結んでくれたのに急に取るなんて酷い!」
「あんな留め方をしていたら変な癖が付くぞ。第一、そろそろ寝るんだろうが」
「それはそうなんだけど……」
「奴の前で解かなかっただけマシだろう」
「……そういえば、そうか」
 何となく釈然としない気もするけど、確かにそれよりマシだろう。髪を梳かし始めた俺を、リィンは何故だか少し呆れたように見ていた。


おわり
「早口言葉やってみない?」
 異国語で書かれたらしき本を手に、イルが微笑して提案した。




1.ハザードの場合



 イルから本を手渡されたリィンが「あおまきがみ、あかまきがみ、きまきがみ」と読み上げ、ハザードに復唱を促した。
「あお、ま……きがみ、あか、まきが……えっと……」
「……それ以前の問題じゃないか、こいつは」
「一回言われただけだし、覚えきれないんじゃないかな。ええと、ちょっと待ってね。……はい、この紙を読みながら言ってごらん」
 紙に文章を書き付けて、ハザードに渡す。ハザードはそれを受け取り、几帳面な字で記された文面に目をやり、小さく頷く。
「あお、まき……がみ、あかまきが……み、きまきま……う? あれ?」
「……だから言っただろう、それ以前の問題だと」
 リィンの再びの指摘に、イルは苦笑を返すにとどめた。リィンは目を細めて、イルを見据えた。
「次はお前だな」
「え? まあいいけど……」
 答えるイルに、リィンはお題を告げた。



2.イルの場合



「うたうたいがきてうたうたえというがうたうたいのようにうたうたえればうたうたうがうたうたいのようにうたうたえないのでうたうたわぬ」
 すらすらとつっかえる事無く一息で言い切る。リィンはつっかえる事を期待していたのか、少しだけ目を細めた。ハザードやセイは純粋に賞賛している。ライトも尊敬の眼差しを向け、ブライトが首を傾げた。
「今の、すらすらいきすぎてよくわからなかったんだが」
「基本、早口言葉の文章に意味などないからな。尚更わかりにくいだろう」
 律儀にもリィンは答えたが、それはブライトの求める答えではなかった。だが面倒なので、それを口に出す事はしなかった。代わりの言葉を口にする。
「とっとと次やろう」
「そうだな、とりあえずライト、お前だ」
「は? いきなりかよ」
 ライトの抗議は無視し、リィンは言葉を連ねた。



3.ライトの場合



「トウキョウトッキョキョカキョク、トウキョウトッキョキョカキョク、トウキョウトッキョキョカキョ、ク」
 最後だけ少しつまりかけたが、言い切った。ハザードとセイ、イルがぱちぱちと拍手をする。リィンは面白くもなさそうに言い放った。
「ぎりぎり合格だな」
 ライトは言い返そうとして、口を噤む。最後のミスを自覚していたからだ。代わりの言葉を口にした。
「……お前はどうなんだ?」
 その言葉に、リィンが口の端を吊り上げた。



4.リィンの場合



「おあややははおやにおあやまりなさい、おあややははおやにおあやまりなさい、おあややははおやにおあやまりなさい」
 つっかえる事もなくすらすらと言い切る。ライトが悔しそうな顔をした。イルはさすがリィン、とよくわからぬ賞賛を送った。それから、あまり乗り気のしない顔で立っていたセージに目をやった。
「次、セージやってみる?」
「え? あ、はい」
 反射的に答え、セージは一瞬後にうなだれた。



5.セージの場合



「カエルピョコピョ、コミピョコピョコ、アワセ、テピョコピョコムピョコピョコ!」
 勢いで言い切るが、閊えた事実は変わらない。少し恥ずかしげな顔をした。
「普段は滑舌いいのに」
「こういうのは苦手なんです。プレッシャーがあるって言うか……早く言わないとって焦ってしまって……」
 深いため息をつくセージの肩を軽く叩くイルを横目に、リィンがブライトを指名した。



6.ブライトの場合



「バスガスバクハツ、バスガスバクハツ、バスガスバクハツ」
 そつなく言い終えて、息をついた。特に問題点もない。リィンが不満げに声を上げた。
「つまらないな」
「……お前、それ酷くねぇか?」
「リィン、その本貸してー」
「……セイ、お前この文字読めたのか?」
「セイはリィンと同じく言語の力を取ってるから、読めるはずだよ」
「何故それを……ああ、歌の為か」
 自分で答えを出し、リィンは本を手渡した。セイは楽しそうに頁を捲り、口を開く。



7.セイの場合



「隣の客はよく柿食う客だ、隣の客はよく柿食う客だ、隣の客はよく柿食う客だ。坊主が上手に屏風に坊主の絵を書いた、坊主が上手に屏風に坊主の絵を書いた、坊主が上手に屏風に坊主の絵を書いた。この竹垣に竹立てかけたのはこの竹垣に竹立てかけたかったから竹立てかけた、この竹垣に竹立てかけたのはこの竹垣に竹立てかけたかったから竹立てかけた、この竹垣に竹立てかけたのはこの竹垣に竹立てかけたかったから竹立てかけた。新人歌手新春シャンソンショー、新人歌手新春シャンソンショー、新人歌手新春シャンソンショー。摘出手術中、摘出手術中、摘出手術中」
 まったく淀みない流れるような声が素早く紡ぐ言葉の連なりに、一同は一瞬聞き惚れた。リィンがため息をついた。
「……考えてみれば、こいつに敵うわけはないな」
「そうだね」
 セイは一瞬きょとんとしてから、それらが褒め言葉の類に入るものだと理解して、嬉しそうに笑った。




おまけ



「あおまきがみあかまきがみ、きまきがみ」
「……少し閊えたような気もするが、ハザードに比べれば許容範囲か」
「あの子と比べないでよ」
 フィアスは心外だとばかりに、顔を背けた。




おわり




あとがき

すみません、早口言葉はうろ覚えなので、細かいところは突っ込まないでください。
セイの早口言葉以外はわかりにくいのは仕様です。
新年一発目の小話がこれになるとは……



どうでもいい順位など
セイ>越えられない壁>リィン=イル>ブライト≧ライト≧セージ≒フィアス>>ハザード



1.穏やかな対談



 にこにこと笑うイルの顔は、見慣れた筈の今でも気を抜くと見惚れるくらい綺麗だ。人形のような、と表現できるその顔は、少し前までは人形そのものといった感じだったのだという事を時々思い出す。より非人間的だったあの頃もやっぱり綺麗だったけど、俺は今のイルの方が好きだ。
 だからこそ、聞いておきたい事というものがあるわけで。
「イルは、リィン君の事が好き?」
「はい、好きですよ」
 あっさりと即答。当然、この『好き』というのは友人としてとか、そういうものなんだろう、というのはわかる。多分俺やジャスティスの事が好きかと尋ねても、同じ反応を返すんだろう。あまりに色気がないとは思うけれど、イルがそういう方面に疎いというか全く興味がない事はよくわかっているので、気にする事もない。
「それじゃ、リィン君に好かれてると思う?」
「多分、嫌いっていう程嫌われてはいないと思います。一応、嫌々でも友人って事を認めてくれているので」
「消極的な答えだね」
 イルらしいといえばそうだけど。それでもやっぱりイルが可愛い俺としては、もうちょっと突っ込んで聞きたい。
「でも、嫌われたら嫌だなぁって思ったりはしない?」
「進んで嫌われたいとは思いませんけど……」
 それはそうだろう。余程のマゾじゃないと嫌われたくはないだろうし。
 それでも、とイルが付け加えた。
「関心を全く持たれないよりはマシですから」
「ああ、それはそうだね」
 愛情の反対は無関心、とはよく言ったものだ。使い古された台詞だけど、使い古されるという事は、それだけ人々の心に訴えるものがあるという事なのだから。
「それじゃ、次の質問。リィン君と一緒にいて楽しい?」
「はい」
「む、早い回答だなぁ。いつもどんな事をしてるの?」
「普段は本を読んだり、本の話をしたり、古文書の解読したり……」
 どれだけ本好きなんだ、この二人。そう思ったけど顔には出さないでとりあえずにこにこしておく。イルもにこにこしているので、何となく楽しい。
「後は……俺が仕事してる時とかは、リィンが俺の髪をいじって遊んでますね」
「ああ、それじゃもしかして、今日の髪型もリィン君特製?」
「そうです」
 耳にかかる辺りの髪を細く三つ編みにして、後頭部の方に髪飾りを付けている。俺の偏りきったボキャブラリーで表現するなら、おとなしそうなお嬢様、といった感じがする髪型だ。リィン君、ああ見えてなかなかいい仕事をする。今度冷人から要らない本でも貰って、それと交換条件で好きな髪形にしてもらおうかな。うん、名案かもしれない。
「イルは、自分ではあんまり髪を結んだりしないよね」
「邪魔な時は纏めますけど」
「ああ、そういう事じゃなくって、オシャレとしてって事」
「それは、確かにそうですね」
 特に飾らないそのままのストレートヘアーでも充分に魅力的だから、別に必要性も無いのかもしれない。ただ、時々ちょっと髪型を変えたりとかするのって、結構新鮮な気分になっていいものだと思う。
「似合ってるよ。可愛い、綺麗」
「ありがとうございます」
 素直に返ってくるとは思わなかった。驚いた顔に気付いたのか、イルが首を傾げた。
「どうしました?」
「いや、イルの事だから謙遜するかなって思って」
「だって、結ってくれたのはリィンだから。謙遜したらリィンに失礼かなって」
 その言葉に、不覚にもというか、ときめいた。
「イルって……」
「?」
「ほんとに、可愛いねぇ」
 今更ながら、実感し直した。いやホントに、イルは可愛い。見た目だけだと『綺麗』なんだけど、仕草が加わると本当に『可愛い』と思う。
 とりあえず、リィン君には今度来た時に本を何冊かお土産で持っていこう。彼が為した色々な事に対するお礼には、少し安すぎるかもしれないけれど。



2.心温まらない人々



 出された酒はそこそこのもので、気分もそれなりにいい。その時、隅の方で本を読み耽る奴を見つけた。ぼんやりした照明の下の地味な髪の色、それに対し強い色を放つ、空より強い青の瞳。気が向いたので、声をかける事にした。
「おい」
「あぁ?」
 こいつ、俺が神だとわかっていないのではないか。いや、きっとわかっていてやっているに違いない。そして恐らく、わかった上で、尊敬など欠片も抱いていないに違いない。尊敬されるほど真面目に仕事をしていないだろうと悪友に言われた事を思い出して、少々苛立った。その苛立ちを隠して話を続ける。
「お前、いつも本ばかり読んでいるな」
「それが?」
 いいからさっさとどっか行け、と顔に書いてあるかのようだった。その嫌そうな顔が少々面白いので留まる事にする。
「おい、お前、イルと仲がいいよな」
「それが何だ?」
「イルは誰にでも優しいからお前のような社会不適応者にも親しくするのはわかるが、お前みたいな社交性を放棄した奴がイルと親しくしている理由を知りたくてな」
「……」
 黙って睨みつけてくる。こういう勢いのいい奴は悪くない。イルみたいに素直で可愛いタイプもいいが。というか、近くに置いておくならイルみたいな方がいいが。イルは見た目も文句のつけようのないものだし。
「イルはお前に会ってから、明るくなった。その点に関しては、感謝してやらない事も無いと言っておいてやろう」
「別に言わなくていい」
「ただ、イルにお前の話を聞くと妙に楽しそうなのはむかつくな。お前が死ぬと多分イルが悲しむから、適度に苦しめ。さぁ苦しめ」
 これぞ名案。そう思ったのだが、奴は嫌そうな顔を一つしただけだ。やっぱり、段々イラついてきた。
「よし、今この場でこの俺の手で苦しめてやろう」
「……」
 奴は黙って、剣の柄に手を伸ばした。ほほう、応戦する気か。
 ふと、歌が聞こえてきた。透き通るような美声で綴られるのは、どこか陽気な歌。聞いている内に、何だか馬鹿らしくなってきた。
「……」
 奴もため息をついて、剣の柄から手を離した。互いにやる気がなくなったようだ。
 もうこいつに関わってても楽しい事は無いだろう。イルに酌でもしてもらうか。



3.子供たちの語らい



 何故こんな事になったのだろう、と思わずため息をついた。
「冷人さん、どうしました?」
「どうしたのー?」
「うー、どうしたの?」
「何でもない」
 天然ボケの同級生と、一つしか歳の差がない筈の二人組を見て、もう一度ため息をつく。見るからに子供の方と、見た目は青年とも言える方とが少し心配そうに覗き込んでくる。見た目の年齢には大きく差のある二人は、精神年齢は殆ど差がないように見える。
「元気、ないの?」
「元気ないねー」
「元気ないのですか?」
「同じ事を繰り返すな、鬱陶しい」
「あう……ごめんなさい」
「ごめんなさーい」
「ごめんなさい、冷人さん」
「……てめぇら、わざとか……?」
 三人は揃って首を傾げる。ああ、こいつらはマジだ。どうやら、早々に波長が合ってしまったらしい。俺一人馴染めないでいる。馴染みたくもないが。
「そうだ、元気がないなら歌ってあげる!」
「……は?」
 どうやったらそういう発想になるんだろうか。遠慮しておく、と一言告げる前に、確かセイとかいう名前のそいつが大きく息を吸った。もうこうなったら止めても仕方がないと短い時間でも学べたので、開きかけた口を閉ざした。
 ゆっくりと紡がれた声に、思わず息を呑んだ。澄んだ美声が陽気な旋律を奏でる。それが前向きな歌詞と合わさって、見事な調和を生んでいた。心から楽しいのだと訴えるような声に、感情が揺られる。
「……元気出た?」
 知らず知らずのうちに、聞き入っていたらしい。かけられた声で我に返る。
「……まぁな」
 そう返してから、自分の口元に笑みが浮かんでいた事に気付く。自然に笑うなんて、久々だった。
 息をついて、肩の力を抜く。たまには、こういうのも悪くないのかもしれないと思いながら。




おわり。


3はおまけ的な感じで。
1.言語の差(ブライト視点)



 リィンにハザードを押し付けられた。いや、別にいいんだけどな。たどたどしく話すハザードは、それでも最初よりはまともに話すようになった。適当に話をしていると、ライトと図書館員を見かけた。本当に仲が良かったのか、あの二人。
 二人は何か熱心に話しこんでいる。だが、近付いてみるが、二人が何を話しているのかわからない。ハザードがことりと首を傾げている。しばらく眺めていると、二人が気付いた。
「どうしました?」
「いや、何を話してるのかと気になったんだが」
「何って、普通に飯の話だけど」
「……ああ、標準語ではないので、わからないかもです」
「ああ、そっか」
 そういう事か。
「二人は出身が近いのか?」
「実は隣町でした。来てから知りました」
「お互い、標準語よりも地方で使ってた言語の方が使いやすいんだよ」
「標準語、地元では話さなかったですから」
「だからお前は微妙に話し方がおかしいのか」
「話すの、習ってましたけど、まともに話したの神殿に来てからです、から。でも読み書きはちゃんとしてます。ほめられました」
「俺は逆に読み書きが苦手なんだよな……話すのも日常会話ならいいんだけど、専門用語とかはあんまり」
 二人は割りと反対のようだ。それからようやく理解した。
「だから本読めないのか、ライト」
「……子供向けのなら、何とか時間をかければ読めるんだけどな……」
「……ねぇ、『ひょうじゅんご』ってなに?」
 ハザードの言葉に、一瞬虚を突かれた。
「そういえば、ハザードの地方だとどんな言語を使ってたんだ?」
「?」
「ハザードの地方なら、標準語だけじゃないか?」
 ライトがそう言った。隣の図書館員も同意を示している。
「その地方は行商が盛んです。だから、地方言語は殆ど使われなくなったです」
「へぇ、そうなのか」
「ねぇ、なに?」
 そういえばハザードの質問に答えてなかった。そのことを詫びて頭を撫でてから、どう説明すべきか考える。
「んー……みんなが話す、一番有名な言葉だな」
「ほかのことばもあるの?」
「あるよ。俺のところもあるし」
 試しに適当にいくつか話してみると、三人ともわからない、といった顔をした。
「なんて言ったんだ?」
「『今日の定食はパンが美味かった』」
「……」
 微妙な視線を受けたが、気にしないことにした。このまま二人の邪魔をしているのも流石に気が引けるので、ハザードを連れて歩く。しばらくして見慣れた背中を発見した。
「よ、リィン」
「リィン!」
「……何か用か?」
 いつも不機嫌そうなリィンは、相変わらず不機嫌そうに答えた。大量の本を抱えている。
「用が無いなら話しかけるんじゃねぇ」
 冷たく告げて、リィンが目を細める。もしかすると、今日は本当に(といったら何か変だが)不機嫌なのかもしれない。こいつもハザードとは違った意味で感情を読み取りにくいタイプだ。
 空より強い青の瞳で睨むようにこちらを見ていたリィンが、不意に別の方へと目をやった。そっちを見てみると、眠そうに目を擦った神殿長がいた。ざっと全体を眺めて、どうやら寝起きらしい、と推理できる。
「昼寝か」
 リィンがポツリと呟いたので、恐らく確定だろう。突進しそうなハザードをとりあえず持ち上げておく。寝起きの状態に突進させるのは双方に危険だ。
 神殿長はリィンに気付いたようで、口を開いた。だが、話される言語は俺には理解できない。どうすればいいのかわからない内に、リィンの声が聞こえた。聞こえた声がリィンのものであることはわかったが、その内容はこちらもわからない。俺は漸く標準語以外の言語で話しているとわかったが、ハザードは混乱したようだ。二人は本格的に何か話し始めてしまったし、こうなったら多分しばらくはとまらない。俺はおとなしくハザードを連れて、間食でも食いに行く事にした。
 ホント、標準語って偉大だ。



2.食事の作法(スノウ視点)



 いつもは夜に遊びに来るんだけど、今日は気まぐれに昼に来てみた。そしたら丁度これから、ちょっとした食事会が開催されるらしい。何でも、料理長から、食べ方のマナーの悪い人がいて困っている、という意見がでたらしい。そこで、一回マナーを見直してみることにしたのだという。面白そうなので見学したいと言ったら、イルは快く承諾してくれた。やっぱりいい子だ。おまけに美人だし。
「確かに料理長の言うとおり、みんな普段は正式な作法ではあまり食べないんですよ。みんな地域がばらばらで作法がばらばらだからっていうのもあるんですけど。だから、一度試しに正式な作法で食べたらどうなるのかやってみようって事になったんです」
 俺が普段いる世界でも食事のマナーの違いというのはある。ただ、料理自体に違いがあるから俺は混乱はした事が無いんだけど。
「あ、食事前の祈りは割愛してもいいのかな」
「いいんじゃないか?」
「おいのりするの?」
「ああ、ハザードは知らないんだったか。それじゃ、尚更ナシにした方がいいよな」
「そうだな、俺のところだと結構時間がかかるし」
「俺は一曲歌わないといけないもん」
 参加するのはイル、リィン君、ハザード君、ブライト君、それからライト君とセイ君の六名。その内出身地が同じなのはイルとリィン君だけだそうだ。
「ええと、それじゃパンから」
 イルがメモを手にそう言うと、各々がパンを手に取った。というか、あのカンペは誰が作ったんだろう。
 イルとリィン君は、そのままパンにかじりついた。イルがもぐもぐと一生懸命食べている姿はちょっと可愛いと思う。
 ライト君は一口ずつ千切って食べている。結構な美少年だし、なかなか決まっている。
 ハザード君はまずパンを二つに割って、かじり始めた。小動物みたいな動作だ。
 セイ君は皿にミルクを注いで、そこにいくつかに分割したパンを沈めている。
 ブライト君は、普通に武器に使いそうなナイフでパンをざくざくと切り分けてから口に運んだ。
 それぞれ、互いの食べ方に驚いた様子は全く見られない。俺から見てみると、物凄い混沌とした光景なんだけど。ああ、冷人にもこの光景を見せてあげたかったな。きっと俺以上に混乱するだろうなぁ。
「ええと次は肉類だけど、俺とリィンはそもそも食べないしね」
「ああ。だからその間にパンでも完食しておけ」
「……無理だよ、食べきれないって」
「神殿長、もう少し頑張ってください。お体に悪いですよ」
 ライト君が言いながら、ナイフ(勿論食用)で一口サイズにすべて切り分けた。それからフォークで刺して口に運ぶ。こうやって食べる人も結構いるよね。
 ほのぼのした気持ちで他にも目を向けてみる。ハザード君はまず半分に切ってから、その都度切って食べている。意外とナイフ捌きは良い。というかこの子、本当にぐりぐりと撫でたくなってくる。
「神殿長、沢山食べないとブライトみたいになれないよ?」
 料理を必死にほぐしながらセイ君が笑った。ブライト君みたいになったイルは、ちょっと想像したくない。
 そして当のブライト君は、やはり食用とは思えないナイフで切って、そのままナイフで刺して食べている。何かこう、映画に出てくる野党みたいだ。見た目もちょっとそんな感じがするし。
「えっと……最後はスープだね」
「具は入っていないな」
「あ、ホントだ」
 スープに関しては、あまり変化がありそうに無いと思う。いや、思っていたんだけど。
 ハザード君とライト君は、なるべく音を立てずに飲んでいる。セイ君はスプーンでスープをずっとかき混ぜていた。流石にちょっと気になる。
「何をしてるのかな?」
「冷ましてるのー。火傷したら歌うときに困るから!」
 ニコニコと明るい答えが返ってきた。なんとなくほのぼのした気分になる。
「あう? やけどってなに?」
「んーとね、熱くて怪我することー?」
「まぁ、大体合ってるな」
 豪快な判断を下したブライト君はスープを皿からカップに移して飲み下した。彼の食べ方はどれもどこか豪快だ。
 イルとリィン君は、さっきから殆ど無音で飲んでいる。それどころか、一言も発していない。
「イル、それ美味しい?」
「……」
 イルが顔を向けこちらを見たけど、やっぱり何も言わない。二人はスープを飲み終えると、大きく息をついた。
「すみません、スノウさん。すぐにお返事できなくて」
「いや、別にいいんだけど……」
「具の無いスープは音を立てず、話もせずに飲み干すのが作法だからな」
 それで、最初に確認していたのか。とりあえず、これで食事会は終わりらしい。久々に正式な作法で食べたと言っていたからか、みんなちょっと疲れてるようだ。
「うーん、結構大変だね」
「ああ。……というか思ったんだが」 
「ん?」
「料理長が言っていたのは、作法が悪いというよりも、行儀が悪いという意味じゃないのか?」
「……あ、そうかも」
「……ああ」
 そういえば、どちらも『マナー』だ。というか、作法についてはこれだけ違いがあったら、誰かが間違った作法で食べててもわからないと思う。
「じゃ、みんなに綺麗に食べようって言えばいいか!」
「そうですね」
「みんな正式な作法で食うと、結構すごい事になりますからね」
 そう明るく笑うブライト君が、今回俺が一番驚いた食べ方なんだけど。
「そういえば、スノウさん。レイト君のところは、どんな作法で食べるんですか?」
「え? うーん、何て言ったらいいのかなぁ……」
 説明しようとしたら、まず日本食の説明から入らないといけないんだろうか。それはちょっと面倒だし、適当に誤魔化しておこう。
 ――その誤魔化しがばれて冷人に怒られるのは、しばらく後のこと。



~おまけ~

「ハザードもちゃんと正式な食べ方は知ってたんだな」
「しらないよ?」
「……そうだったのか? その割りに、変な食べ方してたな」
「あのね、はんぶんこ、だから」
 また変なことを言うなぁ、と笑ってしまう。子供って結構良くわからないところがあるし。
 ――誰と『半分こ』のつもりだったのか知るのは、これよりずっと後のことだ。




おわり


思いのほか大変でした。もしかしたら下げるかもしれない。
1.素敵な歌い手


 辺りに陽気な歌声が響き渡る。その声と軽い足音はだんだんと近付いてきて、僕の目の前でぴたりと止まった。
「おっはよう! 今日もいい朝だねっ!」
 弾む声。今日も、きっと彼は楽しいのだろう。そう、彼は昨日も楽しそうに笑っていたっけ。それに、その前もずっと。彼からはいつも、楽しそうな気配がこれでもか、というほど伝わってくる。だから僕もつられて楽しくなる。彼の陽気な歌声も、そうさせる原因の一つなのだろうと思う。そしてそれは、酷く心地のいいものだった。
「今日はね、俺、外に歌いに行くんだ。だからさ、お土産、買ってきてあげるね。何がいい?」
 突然何がいい、と聞かれても、ただただ困るしかない。すると、彼もまた困ったような顔をしてしまった。しかし、すぐにまた普段どおりの明るい表情を取り戻す。本当に彼らしい。
「それじゃ、好きそうな物を俺が選んでくるよ!」
 くすくすと笑いが混じった声は、とても耳心地がいいものだった。この声は、とても僕の好きな声だ。
「だから、楽しみにしててねっ!」
 そしてまた陽気な歌を口ずさみながら、軽やかな足取りで去っていった。
 彼の、セイの背中と歌声はだんだんと遠くなって、やがて消えた。それがなんとなく寂しくて、けれどその寂しさにはもう慣れきっていたから、僕は黙って目を閉じた。




2.小さく可愛い誰か



 とたとた、とどこか特徴的な足音が響いた。こんな足音の人間は、ひとりしか知らない。足音は僕の傍で止まって、視線を感じた。
「あう?」
 幼い声だ。何度か聞いた声。しばらくの沈黙の後、その幼い子が動く。
「えっとね……こんにちは」
 律儀な子だ。軽く頭を下げて挨拶を返す。その子はきょろきょろと辺りを見回しているようだった。迷子になってしまったのかもしれない。
「あのね、ここ、どこかわかる?」
 ここがどこかは確かにわかるのでとりあえず首肯しておこう。とはいえ、この子がどこに行きたいのかわからないので、どうすればいいのかもわからない。
「あの、ええとね……まいご、なの」
 いや、それはなんとなくわかるんだけど。僕は困るしかない。
「……ええとね、僕、ブライトとごはん行きたいの。ブライト、どこにいるか知ってる?」
 それなら、知らないけれどすぐに探せる。この子を一人にしておくのは忍びないので、一緒に歩いていくことにした。
 この子の歩調に合わせて歩いていく。大変のんびりとしたペースだが、これもたまにはいいだろう。この子なりに、懸命に歩いているようだし。
 少し歩くと、目標の人物がいた。こちらに気付いて手を振る。
「ハザード、探したんだぞ。ああ、お前が連れてきてくれたのか。ありがとな」
 礼の言葉に軽く頭を下げて返す。ハザード、と呼ばれた幼い子がぺこりと頭を下げた。
「ありがとう、ございまし、た」
 たどたどしいお礼の言葉に、何だかとても嬉しい気持ちになった。今日はいい日かもしれない。



3.誰より美しい人



「あ、よかった、ここにいたんだね」
 よく通る声は安堵の色を含んでいた。首の辺りに細い腕が巻きついた。抱きつかれたのだとすぐにわかる。ほんのりと甘い香りが漂った。
「あ、さっき食べた果物の匂いが移ってたのかな。気になる?」
 確かに気になりはしたけれど、いい香りだと思う。答えると、かの人は嬉しそうに笑った。
「よかった。君は匂いには敏感だものね」
 くすくすと笑う声が大気を震わせ、耳に届く。それが酷く嬉しかった。
「さて、今日はどこに行きたい?」
 どこに、と言われても、上手く答えられない。かの人は困ったように笑って、そっと頭を撫でてくれた。
「それじゃ、今日は丘の上に行こうか。陽気も丁度いいし、丁度綺麗な花も咲いているよ」
 楽しそうな声。何だかとても嬉しくなった。
「さ、行こうか」
「ん? お前ら、何やってるんだ?」
「あ、リィン」
 やってきたのは、僕の名付け親だった。彼は堂々とため息をついた。
「お前、またポチの散歩か」
「いいじゃない。ねぇポチ?」
 小首を傾げるかの人に、頷きを返した。名付け親は、やはりというか呆れていたけれど。



おわり。



あえてのポチ視点。新境地を開きたかったのです。
1.ある兄貴的な剣士の話


 少々目立つ人物が本棚を見上げていた。遠めに見ても体格の良さがわかる。あの身長は少し羨ましい。あれだけあったら、梯子を使わなくても配架できる範囲が広がるだろう。彼は割りと最近入ったばかりの人で、図書館は時折利用するくらい、更に貸し出しはせずにその場で読みきるので、手続きをした事が無い。ゆえに、彼の名前はまだ知らない。彼は戦士系だから、元々あまり関わりをもたないものなんだけど。
「この本、元の位置に戻しておいてくれ」
「ああ、わかった」
 受け取った本のタイトルを見て、どの棚に置いていたか記憶を辿った。たしか、入り口から数えて三つ目の棚の、上の方に配架されていた本だ。大きめの梯子を使わないと届かない。脚立じゃ届かない範囲だ。正直に言って、少々怖い。だが、本の為だ。
 端の方に立てかけてあった、結構重い梯子を抱えて、目的の棚を目指す。立てかけてみて、少々均衡が取りがたい事に気が付いた。ちょっと怖い。梯子自体は丈夫なのだけど、自分の運動神経には自信がない。
「……よし」
 気合を入れて、少しずつ上る。五段目くらいで、早くも怖くなってきた。脚立が届くところなら、まだ安心できるのに。
「……何やってるんだ?」
「――!」
 突然声をかけられ、驚きのあまりバランスを崩した。それでも大声をあげなかったのは図書館だからというよりは、あまりにも驚きすぎたからだろう。
 後ろに倒れた、と思ったら、がっしりと受け止められた。
「悪い悪い。大丈夫か?」
 先ほど見た戦士に受け止められたらしい、という事はわかった。近くで見ると、美形だが悪人のような顔をしている。いや、それより、大事なことがある。
「……よし、本は無事だ」
「そっち優先かよ。流石っつーかな……」
 苦笑されて、次の瞬間地に足が着く。持ち上げられていたようだった。何という膂力だ。
「その本、上に持っていくつもりだったのか?」
「あ、ああ」
「それじゃ、俺が行ってやろうか?」
「え?」
「あの、一冊分空いたとこに入れりゃいいんだろ?」
 彼が示した先を、目を凝らして見てみる。位置は大体正確なようだった。
「いや、でも、結構危険だと思うが……」
「問題ねぇよ。お前の方が危険そうだ」
 返す言葉も無い。さっきので結構吃驚してしまったので、もう一度いく勇気はない。お言葉に甘える事にした。
「くれぐれも、本を丁重に」
「わかってるよ」
 右手にしっかり本を持って、梯子の位置を調節。それから、軽々と上り始めた。呆然と眺めている間に、それなりの高所に進んでいく。その姿には恐怖などは微塵も見当たらない。
 所定の位置で止まって、本を棚に戻した。それも、両手を使って。つまりは、両手を梯子から離した状態というわけだ。見ているこっちが混乱してしまう。
 俺の困惑など知る由も無く、彼は任務を完了し、戻ってきた。その姿にも、やはり恐怖は全く見当たらなかった。殆ど見惚れるように、少しずつ大うきくなる後姿を眺めた。彼は殆ど音を立てることも無く、地に足をつけた。
「あ、ありがとう、助かったよ」
「いやいや。驚かせたお詫びみたいなもんだし」
 彼は悪人のような顔で快活に笑った。不均衡なその表情は、どこか人を惹きつけそうな印象だった。彼は梯子を軽々と抱えて、端の方へ歩いていく。俺はなんとなくついていってしまった。目立たぬところに梯子を立てかける彼に、もう一度礼を言う。
「いいって。適材適所って言葉があるだろ? 図書館ならたまに使ってるし、間接的には世話になってるからな」
 何というか、いい人だ。ちょっと感動したので名乗り、ついでに名前を聞いてきた。
「ブライトだ」
 彼はそう言って、快活に笑った。



2.ある不機嫌な常連の話


 台に、重厚な本が六冊程積まれた。視線を移動させると、空より強い青の瞳がそこにあった。少し視線を引いてみると、顔全体は不機嫌そうに見える。この常連はいつもこんな顔をしている。
「これを頼む」
「期間は?」
「三日。明後日には返すと思うが」
 言葉を聞いてから、今一度本の山を眺める。普通なら、二日や三日で読む量ではない。だが、こいつはそのくらいやる男だし、神殿には結構そういう人間もいたりする。俺も人の事は言えないし。
 手続きをしようとして、一つ思い出した。
「そういえば、神殿長からお前宛に本を預かってる。それも持ってくか?」
「ああ」
 どうせ来るだろうと踏んでいたので、本の包みはすぐに取り出せる位置に置いてあった。手渡すと、奴はすぐに開けた。いや、別にいいんだけど。
 少し気になって、手元を覗いてみる。本の題名を見て、思わず声を上げそうになった。
「へぇ、よく手に入ったな」
 リィンが珍しく感心したような声を上げた。それも無理はないだろう。
「いいなぁ、それ、確か初版は五十冊しか発行されなかったんだよな」
「ああ。だが、その初版にしか四話目が掲載されていない」
 今ではどれだけが現存しているのかわからない。そのくらい貴重な本だった。俺でも読んだ事がない。
「……読んでみるか?」
「っいいのか?」
 思わず大声を出しそうになったが、堪えた。
「俺が読み終わってからなら貸してやる。何かと世話になってるから、というわけではないが」
 それはわかる。こいつの性格上ありえない。
「だが、本好きとしての心境はわかるからな」
 淡々とした言葉に、そっか、とだけ返す。それ以上に言葉がすぐに出てこなかった。
 胸が一杯で、それでも、どうにか言葉を捜した。
「ありがとうな、リィン」
 不機嫌そうな常連客は礼を言われる事でもないと相変わらず不機嫌そうに告げた。



おわり



リィンがメインの筈が、ブライトのほうが目立ってしまった罠。図書館ネタで、近いうちに普通の短編も一本書きます。
1.ある真っ直ぐな子供の話


 白い髪と肌の子供が、しばらく本棚の辺りをうろついている。一見少女にも見える可愛らしい子だが、一応少年、らしい。赤い瞳が好奇心に輝き、本棚を見上げてじっと背表紙を目で追っているので、何か探しているのだろうという事はわかる。もどかしいが、勝手に手を貸すわけにもいかない。
 もうしばらくうろうろとしてから、こちらに向かってきた。赤い瞳で真っ直ぐに見つめられて、ちょっとだけたじろいだ。
「ええっと……あう、あの、どうわ、の本、どこ、ですか?」
 拙い口調だが、一言ずつ区切っているので意味はよく理解できる。しかし、童話の本か。
「どんな童話がいいのかな?」
「あう……ええと、『オトナのためのどうわ』はダメなの」
 それは確かに駄目そうだ。この純真な子にそういうものを見せる気には到底なれない。しかし、それでもまだ絞れない。それから、何か思い出したようにポケットから紙片を取り出した。
「んっと……めいさく、どうわ、ぜんしゅ、う?」
「ああ、名作童話全集か。それなら丁度いいかな。ついでおいで」
 隣の同僚に一言断ってから席を立ち、迷わず進む。どの本がどの棚のどの辺りにあるかは、大体把握している。
 棚を見上げると、すぐに目的のものは見つかった。だが、この少年には少々見つけにくい高さだったかもしれない。読者層を考え、視線の高さを考えて上で配架すべきだった、と反省する。
「何冊くらい借りていく?」
「ひとつ……いっ、さつ?」
「わかった」
 一巻を掴んで、少年に手渡した。
「手続きをしないといけないから、一緒に来てくれるかな?」
「うん」
 素直に首肯して、少年は後をついてきた。
 所定の位置に戻り、記入帳を取り出す。
「それじゃ、確認の為に、お名前を教えてくれるかな?」
 ゆっくりと尋ねると、少年は瞬きを一つ。それから、小さな口唇を開いた。
「ハザード」
 変声期前の高い声が、名前を告げた。



2.ある元気な歌い手の話


 黒い髪を揺らし、一人の少年が跳ねるように本棚の間をするすると抜けて、俺の前で足を止めた。深緑の瞳が、じっと俺を映す。見た目は青年ともいえるくらいだが、中身はまだまだ幼い。
「頼んでた新しい本が来てるって言われたんだけど……」
 心地のいい美声が耳をくすぐる。聞き惚れている場合ではないので、記憶を検索する。すぐに結論が導き出せた。
「ああ、それなら奥にあるよ。おいで」
「はーい」
 中に入れるようにしてやってから、扉を抜けて奥へ。取り置きを頼まれた本などを置いておく部屋だ。紙に包まれ、紐で緩く縛られたものを見つけ、手に取った。包みを解いて、一応題名を確認。それから、少年に手渡す。
「一応、確認してくれるか?」
「うん」
 表紙を眺めず、すぐに頁を開いた。じっと頁を凝視して、口を開いた。
 旋律。軽く開かれた口から耳に心地いい声がすらすらと流れるように溢れてくる。何も言わず、否、何も言えずに、引き込まれていく。思考が鈍り、音の流れが頭を埋めていった。
「……うん、これ」
 その声で、はっと我に返る。どのくらい呆然としていたのだろう。知らず知らずに止めていた息を吐く。
「それ、歌の本かな?」
「んーとね、これは、詩の本なんだよ。だから、譜面はないでしょう?」
「ああ、本当だ」
 実を言うと良くわからないのだが、そう言っておく。
「で、前にこれを書いた人に会った時に、最初の方に節をつけてちょこっと歌ったら、これ一冊分歌ってほしいって頼まれたんだよ」
「あ、会ったのか? 直接?」
「うん」
 それはちょっと、というか、かなり羨ましい。
「次に会うのが来週だから、それまでに練習したいから借りたいんだけど……」
「ああ、わかった。一度、表に出ようか」
 出て記入帳を探す。流石にもう覚えてきたが、念の為に名前を問う。
「セイだよっ、忘れたの?」
 楽しげな美声に、確認の為だよ、と返した。


おわり。


本命が入らなかったので、近々「その2」をUPします。
1.懺悔番外

 リィンの唯一の友人は『人形』に譬えられる事が多い。その原因はなんだろうか、と考察を進めていく事が本日のリィンの暇つぶしだった。
 まず、見た目が麗しい。これは確かにあるだろう。だが、見た目のいい奴などいくらでもいる。思考を排除した。
 次に、華奢な体つきをしているからだろうかと考え、すぐにそれを放棄した。他にも華奢な知人はいるが、それを人形に譬えた事はないからだ。
 では、その両方が備わっているからだろうか。その思考は少し進んだが、やはり思うような結論に辿り着けなかった。
 ため息をつき、揺れる銀糸を見つめた。彼が気紛れに結った複雑な髪型を気に留める事もなく、その友人は作業に没頭していた。今は後姿しか見えないが、おそらく今も人形のような顔で、書類を眺めているのだろう。
 ふわり、と長い髪はちょっとした動作で揺れている。友人のその髪の質を彼は熟知しており、束ねるのに少々工夫がいる事も知っていた。
 他人の後姿を眺めて喜ぶ特殊趣味は持ち合わせていない彼は、暇つぶしの思考へと意識を戻した。これまで幾度も考察した問題を、再び考える。いつも答えは同じだった。だからこそ、幾度も思考を積み重ね、新たな解答を探していた。
 そして今日も、同じ結論に達してため息をついた。

 『人間らしさが希薄でありながら、姿かたちが人間のようだから』

 それが、毎度彼が導き出す結論だった。人間らしさは生物らしさと言い換えてもいいかもしれない。ぼんやり思考し、背に視線を戻す。
 或いは、色彩が乏しいのもそれに拍車をかけているのかもしれない。その辺りから新しい結論を探せないかと思ったが、それは断念した。結局のところ、拍車をかけるだけで最大の要因とは言い難かったからだ。
 もし彼の出した結論を聞くと、誰もがまず『それではまるで人間じゃないみたいだろう』と指摘した。だが彼に言わせれば、その意見をその連中が口にする事は最も滑稽な事だった。嘲笑し、心の中で疑問を投げかけてやる。誰がいつ、彼の友人を『人間』扱いしたというのかと。友人に期待されているものは人間らしさなどというものではなく、一個人としての何かでもない。ただ『神殿長』という存在を求められているだけだ。
「リィン」
 よく通る声が、部屋に反響した。名という形で彼を象った声の主は、己の友人を振り返ってはいない。
「暇なら、その辺の本を読んでていいよ」
 実に穏やかな声だった。作業を手伝いもせず、髪を弄ったり書類を勝手に読んだりと好き勝手なことをした友人への怒りも呆れも含まれてはいない。
「読み尽くした」
 答える声は不機嫌そうだった。彼はいつもこの調子であり、だからといって本当は不機嫌ではないというわけでもなく、ようするに常日頃から不機嫌だというただそれだけの話であるのだけれど。いつも通りの彼に、友人が小さく笑った。そして今度は振り返った。人形のような顔がこちらを向き、唐突な動きに髪が揺れた。
「散歩に行かない?」
「仕事はどうした?」
「今は区切りがいいから、息抜き。急ぎの奴はもう終わらせたし。これ以上はちょっと集中が続かないから」
 人形じみた顔に、微笑が浮かぶ。薄紫の瞳が不機嫌な顔を映した。
 嘘をつけ、と口の中だけで呟いた。この人形のような友人は、彼があまりに退屈そうにしているのを見かねたのだ。急ぎの仕事が終わっているのは確かなのだろうし区切りがいいのも偽りではない。ただ、集中が続かないという嘘を見破るのは、彼には容易い事だった。
「……仕方ねぇな」
 それでもため息をついて立ち上がったのは、やはり退屈だったからだ。それは見ようによっては気遣いへの気遣いと取れなくも無かったが、そう断定するには彼はあまりにも人情に欠けていた。
 彼の言葉に、友人が笑った。それはほんの少しだけ、人間らしい笑みだった。






2.何でも屋の場合

 黒髪の青年は欠伸交じりに台所に立った。料理は嫌いではないが、朝食の支度は少しだけ気が進まない。寝床から離れがたい季節は特にそうだ。それでも彼が彼の相棒よりも多く食事当番を振られている事に文句をつけないのは、その相棒が料理を悉く甘くし、おまけに非常に朝に弱いという性質を持ち合わせているからだ。彼が起こさなければ、朝食を昼食間際の時間帯に提供してくる。ならば結局自分は朝早くに起きなければならないのであり、それならば自分で自分の口に合う料理を作った方がいいという結論に至ったのはいつだったか、彼は覚えていないし興味も無かった。
 簡単な調理を進めながら、彼は思考する。まずは仕事に関する事。それから、そろそろ衣替えが必要だという事だ。衣替えをするには一度実家に戻らなければならない。少々面倒ではあるが、そんな事でもなければ滅多に実家に帰らないのだし、たまにはいいかと思う。料理を器に盛って、冷蔵庫にぶら下げてあるペンを取ってすぐ横のメモ帳に、『衣替え』と雑な字で記した。こうしなければ忘れる可能性があるからだ。
 食事の支度を整えたところで、彼の相棒の寝床へと足を運ぶ。乱暴に扉を叩くが全く反応が無い。いつもの事なので無断で部屋に入り、寝台で眠りこける相棒を蹴り落として毛布を剥ぎ取り、二回蹴りを入れる。痛みでか寒さでか、彼の相棒は目を覚ました。
「朝食だ」
 簡潔に要件を告げて、体温が残って暖かい毛布を寝台に放り投げた。食欲が旺盛なのは知っているので、寝直す事はないだろうとあたりをつけ、彼は朝食を取るべく居間に戻る。料理というものは基本的に出来立てが美味しい。
 自分好みに味付けをした料理は当然のように彼の口に合う。それを口に運びながら、彼は衣替えの計画を練った。計画といっても大した物ではなく、考えているのは何日滞在するとかその程度の事だ。
 のろのろと起き出してきた相棒に彼は適当な言葉を返して、不意に己の弟を思い出した。その名前すら忘れてしまった弟だが、一応兄としてそれなりに大切に思ってはいた。そんな弟の寝顔など、この数年見ていないような気がする。別に特別に見たいわけでもなかったが、どんな顔で寝ているのかと興味は沸いた。だが、すぐにその思考は打ち消した。帰るまでに覚えていられる自信より、忘れる危険性が高い事に気付いたからだ。
「今度の土曜から、衣替えだ」
「ん、わかった」
 まだ寝ぼけた様子で首肯する相棒がきっと一時間後にはこの言葉を忘却している事を確信し、彼は器を片付けた。
 どこまでもいつも通りの一日だ、というのが彼の打ち出した結論だった。


終。


あとがき
相変わらず三人称は苦手、
何でも屋のほうはあまり代わり映えしてない……。

?魔法使いたち

「葵君は、敵に回したくないな」
 一応友人である少年の突然の発言に、当の本人だけがパンを齧りながら首を傾げた。幼い容姿に高い位置で二つに括った髪は少女を少女らしく見せる為に貢献しているが、どこか粗野な齧り方がそれらの努力を帳消しにしている。そもそも、幼さで誤魔化せているが、顔立ちはよく見れば可愛らしいというより、精悍なのだ。迷いの無い表情が、それを後押ししてしまっているのかもしれない。
「あたしだって、聖や舜を敵に回したいとは思わないな」
 ねえ、と自らの幼馴染に同意を求める。常に無表情な幼馴染はやはり無表情に黙ったまま首肯し、彼女の求める答えを示した。
「だって、直接勝負じゃまず勝ち目が無いしね」
「お前らひょろいしな」
「ひょろいって、酷いな」
 あまりの言いように二人が同時に苦笑する。それでも否定しないのは、結局何を言ったところで彼女に腕相撲で惨敗し、重い荷物を持ってもらっているという事実が揺るがないからだ。
「ぎりぎり平均、だとは思うんだけどね」
「そうか、ということは現代の高校生ってひょろいのか」
 妙な納得をした友人に、それでも二人は顔を合わせて笑う。ただ一人、彼女の幼馴染はことりと小首を傾げ、白い指で己を指し示した。
「ひょろい?」
「真理はいいの。あたしが守るから。それに、真理はあたしがどうしたってできない事をできるでしょ。それは、聖や舜も同じだけどさ」
「ま、適材適所ってやつだね」
 そりゃそうだ、と笑って、少女はパンの包みを握りつぶし、適当に鞄の中に突っ込んだ。
「さあ、補給終了。で、どいつぶっ潰せばいいんだ?」
 段々破壊的になっていくねと現代の魔法使いが笑い、古代の魔法使いはその言葉に肯定を示すように大笑いして、少女はそれに憮然としながら、それでも幼馴染がほんの少しだけ微笑を零したのを見て目を細め、笑った。
 こんな青春も悪くはないと呟いたのは、果たして誰だったか。

終わり。

?懺悔

 リィンはため息をついた。頭上にはその瞳よりも弱い青が広がっており、気温は過ごしやすいもので、おまけに爽やかな風まで吹いているという、文句をつける必要性の見当たらない快適さだ。それでも彼がため息をついているのは、間接的にはその陽気さが原因の四分の一ほどを占めている。
 丸くなって眠る一応の友人を前に、リィンは呆れるしかなかった。無造作に散らばる銀の髪を眺めて、これでよく髪が痛まないなとどうでもいい事に思考を飛ばす。現実逃避をしていても仕方がないと眠りこける友人の肩をつま先で軽く蹴った。だが起きる気配はない。
 この陽気にこの場所では仕方ないかもしれないと、リィンはまたため息をついた。遠くの喧騒でさえ、眠るには丁度いいのかもしれない。静か過ぎると眠れないと、どこかの誰かが言っていたような気もしてくる。喧騒の中によく知った高い声が混じっているのを聞き取り、微かに眉を顰める。
 騒いでいる連中の話によれば、別に仕事があるわけではないのだという。一応、友人は仕事は手を抜きながらもこなしていく方だという事をリィンは熟知している。ただ、見つからないから探しているという、ただそれだけの事だった。それがまるで母を捜す幼子を連想させて、小さく歪んだ笑みを浮かべた。
 しかし、人間とは気持ちよさそうに眠っている人間を見ていると眠くなってくるものであり、それは人類とカウントする事を知人に躊躇われた事のあるリィンでも同じ事だった。
 そもそも、煩いから仕方なく探しに出てきてやっただけだ、とリィンは思考を友人を起こす方向から軌道修正し始める。見つけて知らせろと煩く言われて、それはもう半分達成している。自分にしては快挙であり、半分も達成しているならば別にもう半分までこなしてやる必要はないだろう、と強引な理屈を取り付ける。
 友人の近くに寝転がり、空を見上げながらリィンは考える。読みたい本があったが、それは夜にでも読もう、と彼にとっての最優先事項のみを結論付けて、目を閉ざした。
 二人分の寝息はどこか遠い喧騒に消される事無く、そこに在り続けた。

おわり。


三人称が苦手なので、少し練習に。
※童話パロ

<懺悔で「シンデレラ」>(以前WEB拍手に載せていたのとは別物です)

「えーっと、いつのことか、わかりませんが、あるところに、とても心が、う、うつく、しい、むすめが、おりました。ままははと、ぎりのおねえさんに、いじめられてました。いつも、はいだらけなので、シンデレラ、とよばれ、てました」
 たどたどしくハザード、じゃなくて、『義理のお姉さん』が手元の本を読み上げた。ナレーター兼任らしい。
「ええっと、ええと、ぶとーかいがはじまって」
「ちょ、まだ早いから」
 続きまで読もうとしたので、慌てて止める。澄んだ声が聞こえてきた。
「あはは、ハザードうっかりー」
「うっかりー?」
 もう一人の『義理のお姉さん』のセイが笑う。二人で「うっかり」と連呼してはしゃいでいる。暫くして、何かに気づいたような顔をした。
「おなかすいたー」
「おなかすいたー」
「あ、うん。じゃ、頑張るよー」
 『シンデレラ』が長い銀髪を高めに結って、袖をまくった。慌ててその肩を掴む。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「どうしたの、ブライト?」
「いや、あれだから、『継母』だから」
「あ、そうだったね、お義母さん。それで、どうしたの?」
「とりあえず、火を起こすのは俺がやるから、近付くなよ」
「でも、物語の進行上、俺が一人でやらないと……」
 いや、その通りだけど物語の進行上、とか言わないでくれ。
「さっき、うっかり灰を撒き散らして大変なことになっただろう?」
「ちゃんと片付けたよ?」
「そうですけど、そういう事じゃなくて」
「敬語駄目だよ。神殿じゃないんだから」
 駄目だ、話が進まない。
「ハザード、続き読んでくれ」
「あう? でも、おなかすいた」
「舞踏会のシーンになったら飯食えるから」
「おむらいす、ある?」
「俺はシチュー食べたい」
「多分あるから、先読んでくれ」
「うん、えっと、はい?」
 もたもたと本を開き、ページを探した。セイが後ろから覗き込んで教えている。
「ぶとーかいが、あ、ええと、そうじゃなくて、おうじさ、まのための、けっこん、あいてをきめる、ぶとーかいが、あうぅ?」
 完全に混乱している。『シンデレラ』が宥めて落ち着かせる。
「イル、よめない〜……」
「大丈夫だよ、ゆっくり読んで……あ、これ書いたのリィンか」
「どうした?」
 覗き込んで、絶句。途中までは共通言語で書いてあったが、その先の文字は読めない。共通言語もたどたどしいハザードには絶対に無理だろう。
「ええと、それじゃ俺が読もうか。『開かれる事になりました』」
「……少し前から読んでくれ」
「あ、わかった。『王子様の結婚相手を決める為の舞踏会が開かれる事になりました。いじわるなお姉さんとお母さんは綺麗に支度をしました』」
「げ、着替えないといけないのか」
「今のうちに着替えて。次の文からは着替えた後の場面だから」
「でも時間かかるぞ」
「うーん、それじゃ、次の場面だけ済ませちゃおう。そしたら、その後は俺と魔法使いの場面だから、その間に着替えればいいんじゃないかな」
 これっていいのか? まあ、時間がないから仕方がないという事にしよう。
「ええと、俺も舞踏会行きたいなぁ」
「あー……駄目だ、でいいのか?」
「はい、わかりました。これでこの場面終わりだね。次は俺とライトのシーンだから、その間に支度してね」
「えーと、かわいそうなシンデレラ。俺が願いを叶えてあげましょう」
「ライト、登場早いよ」
「いや、もう出番だって言われたんですけど」
「仕方ないからこのまま進めた方がいい」
 おなかすいた、と泣き出しそうな二人を連れて着替えに行った。あの衣装着るのは嫌だな。

 欠伸をかみ殺して、本に目を落とす。
「シンデレラがおしろにつくと、あまりにきれいなので、みんなびっくりしました」
 たどたどしい声が聞こえた。もうそんな時間か。豪奢な婦人用礼服に着替えたイルが、よろよろと歩いてきていた。誰もが見とれているか、或いは心配で目が離せないかのどちらかであるようだった。
 つーか、出番か。本を置いて『シンデレラ』に歩み寄る。
「もう面倒だから色々省くぞ。結婚しろ」
「え? いいけど」
 あっさり了承しやがった。楽だからいいが。
「いや待て、早いだろ!」
「おむらいすどこー?」
「あっちにあったよ、ハザード。一緒に食べに行こう!」
「うん」
 八割がた関係ない気がする外野の声が聞こえてきた。
「あ、でもガラスの靴を落とさないといけないんじゃなかった?」
「面倒だからいいだろ」
「あのな、そういうわけにもいかないだろう。第一、何だよその投げやりなプロポーズ」
「わかった。プロポーズをちゃんとやればいいんだな」
「違うっつーの……あー、なんかもう面倒だからそれでいいや」
 全体的にモチベーションが低いな。さて、プロポーズか、よし。
「三食昼寝+書庫の本を読む権利をやる。どうだ」
「うん、いいよ」
 あっさりしすぎている気もするが、気にしない事にする。
「ハザード、最後の一文を読み上げろ」
「えう? えっと、ええとね、『みんなしあわせに、くらしました』」
 口の周りにケチャップをつけ、ナレーターが宣言した。
 というわけで、ハッピーエンドだ。文句はあるまい、多分。

おわり。


魔が差しました。
?井上くんと岡本くん

 入学したばかりの頃、井上誠一にとって、岡本秋は苦手な人物だった。まず見た目が怖い。目立つ橙色の髪に、友好的な人間だと思うには少々きつい目つき。制服を着崩してアクセサリーを身に着ける姿は、いかにも不良生徒、といった感じだった。
 昔から髪の色素だけが薄く、黒髪の集団の中では目立つ存在だった誠一はこういう『悪そうな』生徒に絡まれることがあり、自然と警戒してしまうのも無理のない事だった。そんないかにも『不良』っぽい生徒がこのクラスには何人かいたが、まさか隣になるなんて、と誠一は己の不運を嘆くしかなかった。安易に出席番号順で座席を決めるという入学当初によくある方式をこれほど恨んだのは初めてだった。秋はそんな誠一を知ってか知らずか、彼に関心を払う事は無かった。
 誰かに話しかけようかとも思ったが、まだ入学したてで友人と呼べるような生徒はいない。小学校の頃の知人もいない。いたとしても、それほど良い思い出は無いのだが。
 それに、他にも怖そうな生徒はいる。変に動き回って目をつけられるよりはいいか、とおとなしく自分の席に着いたまま、早く担任の先生が来てくれる事を願った。教師に関してもあまりいい記憶は無いのだが、少なくとも教師の前で暴れたり絡んできたりする事は無いだろうと考えていた。それ以上の期待はしていないし、できなかった。
 しかし、最初こそ不安だったものの、暫くして友人もできた。担任の水城先生は温和で、どことなく安心できるような人物だったのもあるのかもしれない。それでも、誠一にとって秋は怖い人物であり、話しかける事は無かった。
 そんなある日の事、おとなしい友人、野村竜胆と話していると(話すのは主に誠一で、口下手な竜胆は時々相槌を打っているだけだった)、ガタン、と大きな音が教室に響いた。
「テメェ、ふざけてんのか!」
 髪を赤く染め上げた戸部信一が進藤一姫に掴みかかっていた。その周囲に、先程の音源であろう倒れた机が転がっていた。
「シン、んな奴相手にすんなよ」
 中野優太は、あまり止める気の無いような声で一応そう口にした。本気で止めるつもりではないと知っているからか、信一は全く反応を返さない。
「っせぇな! 不良に不良って言って何が悪いんだよ!」
 頭に血が上っているのか、一姫も退く気配は無い。喧嘩になると咄嗟に思い、竜胆に下がるようにと小さく言った。他の生徒も同じ事を思ったのか、二人と他の生徒の距離が開いていく。だが一人、二人に近づいた生徒がいた。嫌でも目立つ橙の髪。二人の視線も、自然とそちらに吸い寄せられた。
「あ? 何だよテメェ?」
「喧嘩をするならよそでやれよ」
 静かな、落ち着いた声。誠一は少なからず驚いた。これまで、秋の声を真面目に聞いた事は無かったし、何よりこれだけ落ち着いた声を出せるとは思っていなかった。一姫も虚をつかれたような顔をしていたが、信一は怯まなかった。
「何か文句あるのかよ?」
「当たり前だろ。ここは学ぶ場であり、争いを持ち込むべき場所じゃない」
 信一が、ぽかんと口を開けた。その一瞬後、大笑いした。
「お前、面白いな」
 一言そう告げて、一姫の襟から手を離した。先程の剣幕が嘘のような快活な笑みを浮かべて、自分の座席へと戻った。秋も何事も無かったかのように、その場から離れた。誠一は何気なく視線を移動させると、ガタイのいい生徒と華奢な生徒の傍に行ったのがよくわかった。秋は彼らと二言三言交わし、それから、穏やかな笑みを浮かべた。それを見て誠一は絶句した。それはあまりに誠一のイメージしていた『岡本秋』像とはかけ離れていた。
 その日から、誠一にとって秋は苦手な存在ではなくなった。

?普川くんと三上くん

 普川星夜は、自他共に認めるナルシストだ。美しいものをこよなく愛し、その対象は物だろうが生物だろうが構わなかった。そんな彼が現在注目しているのが、三上真人だった。真人は星夜と違い大変閉鎖的な人間で、幼馴染の森山光流以外に興味はなく、交友も無い。もしこのクラスで『付き合いづらい人間は誰か』というアンケートをとれば、きっとぶっちぎりで一位に違いない。だが本人はそんな事は気にしていなかった。彼にとって、クラスが同じだけの人間など、興味の対象にはなりえず、そしてその人間にどう思われようと、全く関係のない事だ。
「三上は無理じゃない?」
 日ノ下冷次が無表情気味に言う。
「無理って、どういう意味で?」
「だって、三上は無関心だし。星夜なんて、眼中に入ってすらないって事でしょ。そんな相手とどうやって仲良くなるつもりなの?」
「どうにか注意を引いてみるとか」
「その方法をどうするんだ?」
「うーん・・・・・・」
 悩む星夜を見て、冷次がため息をついた。この困った友人はいつでも無計画な気がする。
「そうだ、森山光流君に聞こうか」
「いいアイディアだ、と言いたいところだけど、意味無いと思うよ」
 冷次がぼそぼそと突っ込む声は、星夜の耳には届かない。それを知っている冷次は、黙って教室を出た。何か飲み物を買おうと思ったのだ。恐らく、戻ってくる頃にはそれが必需品となっているからだ。
「あ、普川くん。どしたの?」
「ちょっと聞きたい事があってね」
 にこにこと人懐こく笑う森山光流に、星夜はうっとりと目を向ける。綿繭伊吹はそれを察知して、光流を星夜から少しだけ遠ざけた。星夜はそれに気付いて苦笑した。
「三上君と仲良くなりたいんだけど、どうしたらいいのかと思ってさ」
「真人と?」
 光流が首を傾げた。伊吹は、ひっそりと呆れ口の中だけで無駄だよと呟いた。
「わかんない」
「でも、森山君は三上君と仲がいいだろう?」
「気が付いたらずっと仲良しだったから、どうして仲良くなれたとか、あんまり考えてないんだよね。だからごめんねー」
 申し訳なさそうに、光流が苦笑した。次の瞬間、その顔がぱっと笑顔に変わった。
「真人!」
「光流、どうしたの?」
 優しい微笑み。それは、光流のみに向けられていた。
「普川くんが、真人と仲良くなりたいんだって」
「ふかわ?」
 真人が首を傾げた。
「ふかわって、誰?」
「真人は相変わらず他の人の名前覚えるの苦手だね」
 くすくす、と笑う光流。その会話が聞こえていた他の生徒の胸中は一致していた。
(二年以上も同じクラスじゃん)
 この学園にはクラス替えという制度は存在しない。つまり、現在三年生であるという事は、同じクラスになって三年目という事を意味している。
「そんな事より、光流。今日は図書室に行くって言ってなかった?」
「あ、そうだった!」
「今から行けばまだ間に合うよ、行こう」
「うん」
 光流はすっかり星夜からの頼み事を忘却し、真人と並んで歩き出した。口を挟む余地も無く残された星夜の肩を、冷次が軽く叩いた。その手には、お茶のペットボトルが二本。結局愚痴を聞くのは俺なんだよな、と冷次がひっそりと呟いた。

以上。
? 良いところ、悪いところ(リィンとイルの場合)

スノウ「と、いうわけで、お互いの良いところと悪いところを言い合ってみてね」
リィン「悪いところか」
スノウ「いや、良いところも言ってあげてね」
イル「リィンの良いところ、か。まともに考えた事なかったな」
リィン「奇遇だな。俺もお前の良いところなど考えた事はない」
イル「あ、でもリィンは強いよね」
リィン「それは、良いところなのか?」
イル「多分」
リィン「お前の悪いところは、どうでもいい事は悩むくせに妙なところで短絡的なところだな」
イル「え、そうかな。リィンの悪いところは・・・・・・うーん・・・・・・・あ、口が悪いよね」
リィン「褒め言葉としか思えないな」
イル「そうなの? リィンは変わってるなぁ」
スノウ「で、リィン君は、イルの良いところってどこだと思う?」
リィン「・・・・・・」
イル「別に、なかったらそれでいいけど」
リィン「いや、とりあえず一つ思いついた」
スノウ「おお。何々?」
リィン「顔」(きっぱり)
イル「うわぁ・・・・・・」
スノウ「いや、うん。否定はしないけどね・・・・・・・」
リィン「冗談だ。無意味に美形だが、どちらかというとこれは人形だろう」
イル「うわ、リィン酷いなぁ。俺人形じゃないよ」
スノウ(あれは褒めてるのかな、貶してるのかな)
リィン「何か言ったか、この人形面」
イル「痛っ」
スノウ「まぁまぁ。結局、どこが良いところだと思う?」
リィン「騙しやすいところだな」
イル「うわ、リィン酷っ!」
スノウ「本当に仲良いねぇ」


? 良いところ、悪いところ(ライトとブライトの場合)

スノウ「お互いの良いところと悪いところを言い合ってみてね」
ライト「ブライトは強いしおおらかだよな」
ブライト「ライトは、真面目だよな」
スノウ「それじゃ、悪いところは?」
ブライト「真面目すぎて融通がきかないところもあるよな。それだと人生損する事もあるぞ。あと、剣を振る時に隙がありすぎ。ついでに、剣の長さが合ってないんじゃないか?」
スノウ「後半は普通に剣の指導だよね。それは訓練中に言い合ってね。じゃ、次はライト君の番だよ」
ライト「時々加減を間違って相手に大怪我させるところ。訓練中に夢中になり過ぎて殺気を振りまくところ。俺もどっちも被害にあったし。二回くらい死ぬかと思ったな」
スノウ「・・・・・・・うん、それは至急改善してもらった方がいいと思うよ」

? 良いところ、悪いところ(何でも屋の場合)

聖「というわけだから、兄貴達にはこれから、お互いの良いところと悪いところを言い合ってもらうよ」
舜「最初は『黒髪』『金髪』って表記しようとしたけど、それじゃあんまりだから『時雨兄』『氷雨兄』と表記するから」
時雨兄「それもそれで酷くないか?」
聖「弟の名前を忘却する兄に酷いと言われる日が来るなんて思ってなかったな」
舜「じゃ、頑張ってね兄貴」
氷雨兄「うん、頑張るよ弟!」
時雨兄「しかしまぁ、相棒の良いところ、か・・・・・・・運動神経」
氷雨兄「相棒は料理上手だよね。甘いものはあんまり作ってくれないけど」
時雨兄「お前の味覚は壊れてる。亜鉛を摂取しろ」
舜「うん、それに関しては聖のお兄さんに同感。兄貴、このままだと病気になるよ」
聖「亜鉛を食生活で摂りにくいと感じたら、サプリメントでも使うといいよ」
氷雨兄「えー。わかったよ、あえん、だね!」
舜(多分、コレが終わる頃には忘却してるだろうな)
聖「じゃ、悪いところは?」
氷雨兄「うーん、記憶力?」
時雨兄「お前にだけは言われたくないな。俺以上に忘れっぽいだろうが」
氷雨兄「でも、相棒だって結構忘れるよ」
時雨兄「俺の記憶力の低さは否定しない。ただ、お前に言われたくはない。お前よりマシだ」
舜「俺達からすれば、団栗の背比べだけど」
聖「完全に五十歩百歩だよねぇ」

終わり。
? リィンについて

 ハザードはセイと遊んでいる。リィンは神殿長と何か本について語り合っているようだ。その光景を見て、ふと思った。
「そういえば、リィン最近よく神殿に戻ってきてるよな」
 話しかけると、リィンは嫌そうな顔をした。
「それがどうした?」
「いや、ちょっと気になっただけだ」
「そういえば、確かに多いね。まだ旅にキツイ季節でもないのに」
 リィンはため息をついて、本に栞を挟んだ。
「理由は単純だ」
「?」
「アレを連れて旅をするのが、正直面倒になってきた」
 リィンが『アレ』と言いながら指し示したのは、小さな身体で走り回る、十五歳児。
「・・・・・・なるほどな」
 子供を連れての旅は辛い。まして、ハザードは日よけの為に重ね着しまくってるから、不審者にも間違われやすい。
「いっそ、旅をやめて神殿で過ごせばどうだ?その方が神殿長も喜ぶと思うけどな」
「断る」
 ああやっぱり。リィンは「だが」と言って、にやりと笑った。
「この調子でハザードがセイと親しくなれば、アレを置いて旅くらいできるだろ」
 やっぱりこいつ酷い奴だ。
「リィン、それは流石にハザード君泣いちゃうんじゃ・・・・・・」
「黙れ。第一、お前が時々来ると足手纏いが増えて面倒なんだ」
「う・・・・・・」
「だから足手纏いを排除したいだけだ」
 この二人はいつもどおりだ。苦笑して、とりあえずライトでも誘って剣の鍛錬でもしようかと思う。
 神殿長が時々遊びに行くのは別にかまわない事なのだろうか、と疑問に思ったのは、夕食後になってからだった。

終わり。
俺(作者)としては、ブライトの一人称が異様に書きやすい理由を知りたい。

? ある学園について

 あたしの通っているこの学校は、結構不思議だ。
 生徒会が戦隊モノみたいな感じだし、奇人変人が集ってる。その最たるものが、今目の前にいるこのコンビだと思う。
 コッペパンの袋を開けながら尋ねた。
「お前ら、実のところこの学園をどこまで牛耳ってるんだ?」
「どこまで・・・・・・と言われても、どう説明すればいいかな」
「出来る限りわかりやすく」
 二人は少し困ったような顔をして、なにやら相談を始めた。その間にカレーパンを齧った。
「とりあえず、定期テストの問題くらいは予め入手できるけど」
「後は、ある程度問題を変えさせるくらいかな」
 ろくな事じゃない。呆れながらミルクパンを口に運んだ。
「・・・・・・・他には?」
「え?まぁ、ある程度時間割を変えさせたり、担当教師を変えたりとか、その気になれば、辞めさせるくらいは何とか」
 こいつら、一度くらい殴り飛ばしてもいいんじゃないだろうか。焼きそばパンを食べながら、ひっそりとそう思う。
「で、今更どうしたの?」
「いや、ちょっと気になっただけ」
「それじゃ、俺達もちょっと聞いてみていい?」
「何?」
 フルーツサンドイッチを一口。やっぱりこれは食事には向いてない。さっさと食べ終えて、惣菜パンの袋を開けた。
「葵君、どうしてそんなに食べれるの?」
「ん?どうしてって・・・・・・腹減ってるからかな」
「いや、それにしても、限度と云うか何と云うか?」
「そう?真理、どう思う?」
「葵、元気。仕方ない」
「そうそう。というか、真理やお前らが少食なんじゃない?食べ盛りの高校生がパン二つで満足するのか?」
「確かに沢山食べる方じゃないけど」
「だろ?」
 板チョコの入ったパンを租借する。甘いけど、このパンは結構好きだ。
 二人はそれ以上何も言わなかった。まぁいいけど。さて、次は揚げパンでも食べようかな。

終わり。
?リィンとイル

 仕事が一段落した頃、リィンが本から顔を上げた。
「イル、飯食いに行くぞ」
「え? あ、もうそんな時間か」
 というより、昼食にしては大分遅い。リィンは混雑が嫌いだから、いつも少し早めか遅めに行く。今日は朝食も遅かったから丁度いいかもしれない。
「今日の定食は何だ?」
「確か、今朝会った料理人の子が、一角熊が安く入ったとか言ってたけど」
「もうそんな時期か・・・・・・」
 リィンがしみじみと呟いた。どうせ俺もリィンも食べないけど。
「そういえば、今日から試験的に新しいメニューを導入してみるらしいよ。前にスノウさん達に教えてもらったレシピで作ってみたいからって」
「それは興味深いな。どんなのを作るんだ?」
「確か、小麦とかで作った生地を糸状に細く切って茹でて、様々な薬味をベースに味付けしたスープの中に入れて食べる料理、だったかな。スノウさんは『らーめん』って言ってたけど」
「なかなか面白そうだな」
 今日はそれにしようかな。定食はたべきれないし、肉類が入ってないかどうかだけ確認しよう。
「・・・・・・・色々種類があるな」
「確か、スープのベースになる薬味が違うらしいけど」
「そうか。お前どれにするんだ?」
「『味噌』か『塩』で悩んでる。リィンは?」
「ならお前は『塩』にしろ。俺は『ミソ』にする。分ければ丁度いいだろ」
「そっか」
 それなら両方の味がわかる。他の味も、今度試してみても面白いかもしれない。
 食べ切れなくて、リィンに少し食べてもらったのは、みんなには内緒の話だ。


?セイとハザード

 セイは『とっくん』をしてるって、イルがいってた。あー、とか、らーってずっといってる。声が、とってもきれい。
「ハザードもやってみる?」
「いいの?」
「いいよ。二人の方が楽しいから」
 たのしい。僕もセイといっしょがたのしい。
「せーの、で息を吸って、すぐに声を出すんだよ」
「わかった」
「よし、じゃ、せーの!」
 セイといっしょに、あーっていった。でも、たくさん息をすったのに、くるしくなった。でも、セイはまだつづいてる。
「どうしてそんなに長くできるの?」
「特訓したからだよ」
 とっくんってすごい。僕もできるかな。
「いっしょに頑張ろっか、ハザード!」
「うん!」
 セイといっしょに『とっくん』。ふたりだとたのしいねって、ふたりでいった。

以上。
?そういえば

 神殿長とリィンが、仲良く駆け回るセイとハザードを眺めて話をしていた。
「そういえば、ハザード君って字書けるのかな?」
「どうだろうな。おい、少年」
 リィンが声をかけると、ハザードがすぐに振り向いて、とたとたと間抜けな足音と共にやってきた。
「字は書けるか?」
「?うん」
「それじゃ、さっきの本の感想でも書いてみろ」
 紙とペンを渡すと、ハザードは首を傾げながら書き始めた。
 暫くして、紙をリィンに返した。
「セイと遊んできていい?」
「ああ、とっとと行け」
 リィンの対応は相変わらず酷いが、ハザードは気にしていないようで、セイと遊びに行った。あの二人は随分仲良くなったな。
 神殿長とリィンは紙を覗き込んで、黙り込んだ。
「どうかしたのか?」
 気になって俺も紙を覗き込む。そして、二人が黙った意味を理解した。
「・・・・・・環境を考えれば仕方ないのかな」
「歳を考えれば駄目だろう」
「でも、環境って大事だし、これから練習すればいいんじゃない?」
「これから練習させるにしても、はっきり言う必要はあるだろう」
「そうかもしれないけど・・・・・・」
 二人が話し合いを始めた。その姿が子供の教育方針を語り合う夫婦に見えたとは、言わない方がいいだろう。

終わり。

?神無月のイベント

「葵君、10月って言ったら何を連想する?」
「体育の日」
 突然の質問に適当に答えを返して、間食に持ってきたパンを一口齧る。甘すぎる。やっぱりクリームパンじゃなくてコッペパンにすればよかった。
「何だか葵君らしいね。そういえば、前は体育の日って10日だったよね。あの日って、他の日に比べて雨が降らない確率が高いんだってね」
「そういや、ニュースか何かでやってたな、そんな事。で、聖、舜。結局お前ら何が言いたいの?伊勢神宮?ハロウィン?」
「どちらかと云うとハロウィンかな」
「仮装でもやるの?」
「いや、学校で、イベントやるでしょう?」
 そういえばそうだな、と思い出す。高校にもなってハロウィンをやるのか、日本なのに、と思ったものだ。
「で、それが?」
「生徒会長達に、何かやってくれないかって頼まれてね」
「教師が反対するだろ。いや、そんな度胸あるわけないか」
「それで、大きめのジャックオーランタンでも飛ばそうと思ったんだけどね」
 その続きが、何となく予想できた。
「運べないかもしれないから、運ぶのを手伝えと?」
 二人がこくりと頷いた。今ならこいつら殴っても許されるような気がする。何でだろう。
「飛ぶ?」
 抑揚に乏しい声。真理が、二人に目を向けていた。ああ、やばい。
「うん、飛ぶよ。一時的にだけど」
「・・・・・・飛ぶ」
 真理が、じっとあたしに目を向けた。いつもどおりの表情だけど、付き合いの長いあたしには分かる。
「・・・・・・・・見たいの?」
「うん」
「わかった・・・・・・わかったよ」
 ため息をついて、それでもただ引き下がりたくはなかった。
「当日、絶対お菓子たかるからな、覚悟してあたし好みの菓子を用意しとけ」
「わかってるよ」
 舜がにこにこ笑うが、作るのは聖だろう。市販もので済ませてやるほどあたしは優しくはない。それでも聖も楽しげに笑っていて、あたしは、めんどくさいけどまぁいいかとため息をついた。

おわり。

?危険と眩暈の十月

 優希と優人、吹雪は放課後の教室でのんびりしていた。
「そういえば、今うちのコンビニでハロウィン特集みたいなのやってるよ」
「あ、色んなところでやってるよね。かぼちゃ味のお菓子とか」
「うん、そう。うちは店員ごとにおススメを出してるんだけど」
「へぇ、例えばどんなのがあるんだ?」
「まず店長のおススメはかぼちゃの煮物
「わぁ、美味しいよね!」
 優希は無邪気に喜ぶ。優人はそんな優希を見て微笑む。誰一人、ハロウィンじゃねぇだろとはつっこまない。
「で、桜葵先輩がゆで卵
「吹雪君は?」
「俺は、ボタンを押すと声が出る玩具」
「何て喋るんだ?」
『助けて』って凄いか細い声で喋るんだ
「うわぁ、何か怖いね」
 ハロウィンと何の関係があるのかとは誰も疑問に思わないらしい。その後もずれた会話に何のツッコミも入らず、下校のチャイムが鳴ると三人はのんびり荷物をまとめた。

おわり。



以上。
?笑顔の理由

 久々に実家に帰ると、弟が妙に上機嫌だった。
「おかえり、兄貴。今回は随分と早いね」
「何でそんなに機嫌がいいんだ?」
「え?やっぱり分かるかな?」
 其処まであからさまな態度で、気が付かないと思うのか。
「聞きたい?」
「いや、全然聞きたくない。微塵も聞きたいと思えない」
 精一杯否定するが、弟は嬉しそうにふふふと笑った。何だその企み事でもしているような笑い声は。
「さっき朝まで百物語をやっていたんだけどね、もう凄く面白かったんだ」
 幸せオーラを撒き散らし、弟はそう言った。別に聞きたくないって言っただろうが。しかもあれだ、なんていうか、心底どうでもいい。
「まあ、お前は昔からそういうものが好きだったからな」
「兄貴だって昔好きだったじゃないか」
 俺が?
 弟がくすくすと笑った。タメ息じゃないあたり、コイツの上機嫌さが滲み出ている。
「兄貴、忘れたの?元々、俺がこういうのに興味を持つようになったのは、兄貴がよく七不思議とか怖い話とかの本を買ってきたからじゃないか」
「・・・・・・・そうだったのか?」
「そうだよ」
 そういえば、俺の部屋にはやたらとそういう古い本が置いてあった。弟が読み終わった奴を押し付けてきたとばかり思っていたが、違ったのか。
 ・・・・・・・と云うことは、弟が変人になった原因の一端は俺にあるということなのか。
「それは今更だよ兄貴」
 ああ確かに今更かもしれないけどな。
 上機嫌な弟はくるくると回りだしそうなくらいの勢いで台所に立った。今のところ実害はないから、いいか。
 苦笑してから、ため息が出ないあたり俺も機嫌がいいのかもしれないなと思った。

?二人のしりとり

「料理」
「りんご」
「合理」
「りゆう(理由)」
「瓜」
「り、りずむ」
「無理」
「り、りーふ」
「不条理」
「り、り、りく(陸)」
「空理」
「り・・・・・・り・・・・・・」
「・・・・・・・」
「り・・・・・・り・・・・・・リィン、ひどい・・・・・・」
「そんな言葉は無いな」
「いや、リィン。それはマジで大人気ないと思う」

以上。
?怪談(魔法使い)

「やっぱり、夏って言ったら怪談だよね」
 そうのたまったのは、古代の魔法使いこと、氷雨舜。あたしは相当うんざりした顔をしていたんだろう。その相棒の時雨聖が、「そんなに怒らないで、ね?」などと言ってきた。
「別に怒ってない。勝手にやってればいいだろ」
「一緒にやろうよ」
「誰がやるか。なぁ真理・・・・・・」
 同意を求めるように真理を見て、硬直した。どうしてそんなに期待に満ちた目をしているのか。ふと、そういえば真理はこの時期に多い心霊特集だとかに興味を持っていたな、と思い出した。
「・・・・・・やりたいの?」
「うん」
「・・・・・・・・・」
 暫くその真っ直ぐな目を見て諦めた。
「分かったよ」
 真理が絡んで、あたしに勝ち目があるはずが無いのだ。
「と云うわけだから、頑張って怪談話考えておいてね!明日の夜に学校の屋上に集合だから」
「はいはい」
 もうこうなったら仕方ない。やるしかないんだ。
 何か怪談話あっただろうか。考えて、ふと気づく。
「そういえば、真理も話すの?」
「うん。そう」
 短い言葉。基本的に単語で喋る真理に、長々とした怪談話が出来るのだろうか、ちょっと疑問に思いつつ、思わぬ楽しみができた事に苦笑した。

続くかもしれない。


?アイス(何でも屋)

 冷蔵庫の中の食材を見て、今日は買い物しにいかないといけないな、と判断した。今は夕方。昼ほど暑くは無く買い物にはいいかもしれない。ただ同じく買い物に来る主婦と鉢合わせてレジが混むのが面倒だ。
「買い物に行くが、何か買ってきてほしいものはあるか?」
「えー・・・・・・?あ、アイス欲しい!」
「アイスか。何でもいいのか?」
「うん、何でもいいよ」
「分かった」
 俺もついでに何か買おう。どうせなら、箱の奴を買えば安く済むし何日か買いに行かずに済むか。

「ただいま」
 挨拶もそこそこに冷蔵庫へ収納する。この時期は危険だ。アイスも溶けると困るのですぐに冷凍庫に押し込む。
「あ、アイスすぐ食べたい」
「あぁ分かった」
 箱を開けながら尋ねる。
「ソーダとりんご、オレンジ、どれがいい?」
「え?アイスじゃないの?」
「アイスだろ?」
「えー?違うよ」
 何だかよく分からない。
「アイスって言ったら、あのアイスだよ」
 一生懸命に何かを訴えようとしているのはわかる。分かるが、伝わらなければ意味が無い。
 とりあえず溶けたら困るので、箱は冷凍庫に戻しておく。
「だから、何を言いたいんだ?」
「だから・・・・・・」
 よく分からない説明を延々と受け、いい加減苛立ってきた。そんな言葉で分かるか、と殴りたくなってくる。
 とりあえず何処を殴ればいいか考え始めた頃、思いついた。弟に聞いてみるか。思い立ったら吉日、とばかりに携帯をとる。
「おい、弟」
『いきなり何?』
 弟に事と次第を説明。俺自体、よくわかっていないから説明も上手くできないが、弟はそれでも理解したらしい。
『多分、相棒さんが言ってるのは、ラクトアイスのことじゃないのかな』
「ラクトアイス?」
「あ、それ!」
 相棒の声に苛立つ。とりあえず弟に礼を言って電話を切った。
「相棒、お前なんでもいいって言っただろうが!」
「だって、アイスって言ったらアイスだと思うじゃないか!」
 わけが分からない。ここで、名案が浮かんだ。
「相棒、今日の夕飯当番はお前だろう。先に飯作れ」
「えー・・・・・・分かった」
 おとなしく相棒が台所に立った。

 飯を食い終えた相棒が、あれだけ騒いでいたアイスのことをすっかり忘れていたのは、言うまでも無い。

終わり。



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