『黎明』

2006年5月3日 文章
第一話『白昼の出会い』

町に繰り出して、ヒトが少ないことに気づいた。そして、今、世間ではゴールデンウィークだとか言われいていることを思い出した。『何でも屋』にはあまり月日が関係ないために、こういうことは忘れてしまうことが多々ある。
今日は実家に帰る日だ。いつもは相棒と二人で住居兼仕事場で過ごしているのだが、たまには実家に帰ることにしている。
俺の場合、実家と言っても今は弟がいるだけなのだが。ちなみに、現在の仮住居(?)からは歩いて30分くらいのところにある。近いのか遠いのかは微妙なところだ。
住宅街から離れたあたりに、西洋風な家を見つけた。小学校に通うとき、登校班の集合場所に行くのが自分だけやたらと大変だったのを思い出し、眉を顰めた。
妙な装飾の施された扉をあける。鍵はかかっていない・・・・・ということは、弟は在宅中ってことか。
「ただいま。」
一応お決まりの挨拶を言いながら踏み込む。靴を脱ごうと視線を落とすと、靴が二足みつかった。一方は見覚えが全く無い。
友達でも来てるのか?あの偏屈な弟に?・・・・・弟が何か靴を買ったんだろう。そう思うことにしよう。
折角そうと決めたのに、廊下を歩いていると話し声が聞こえてきた。とりあえず幻聴では無さそうだ。ということは、弟が本当に友達を連れてきたということか?まさか彼女とかだったりしないよな。目を瞑り、さっきの靴を思い出す。明らかに男物。男物の靴をはく女くらい珍しくは無いが、サイズは弟と殆ど同じだったし、男だろう。
声は居間から聞こえている。少し迷ったが、とりあえず顔を出すことにした。腹減ったから何か作りたいし。
ほんの少し開いている扉を一気に開けた。
二つの視線が、こちらを向いた。見慣れた弟と、見覚えのない少年。
「おかえり、兄貴。つうか、久しぶり。」
「あぁ・・・・・ただいま。」
挨拶を交わしつつ、あ、ただいまって言うの二度目だ。まぁそんなことはどうでもいい。弟の友人らしき人物を観察する。黒い髪は長く、後ろで軽く結わえてある。好奇心に輝く目も同色。相棒とは違ったタイプの美形だ。
「はじめまして。お邪魔してます。」
「あぁ、はじめまして。弟の友達か?」
「はい。」
にこにこと屈託無く笑う。奇妙な感じがする少年だ。
「弟、お前、友達なんてできたんだな。」
「兄貴には言われたくないな。っていうか、また俺の名前忘れたのか?」
ため息交じりに弟が言う。もはや呆れるのにも飽きたらしい。
「別にいいだろ。名前なんて――――」
「『無くたって支障はないだろう?』って?まぁ別にいいけど。」
本当に心底どうでも良さそうに言った。弟の友人は愉しそうにくすくすと笑った。
「聖、面白いお兄さんだね。」
「ああ、滑稽だろう?」
弟の友人だけあって、わけの分からない少年だ。そして弟は相変わらず可愛くない奴だ。
「これから昼飯作るが、どうする?お前らの分も作るか?」
「よろしく。」
「え、いいんですか?」
「ああ。料理は趣味だ。それに、偏屈な弟が友人を連れてきたことだしな。」
「偏屈?兄貴、ヒトのこと言えるんだ?」
弟は愉しそうに笑う。こうなったときの弟は相手にしないほうがいいだろう。
「何か食いたいもんあるか?」
エプロンを装着しながら尋ねる。ついでに、冷蔵庫の中身も調べておくことにする。色々と充実している。賞味期限も切羽詰ってるのは無さそうだ。弟もあれはあれで料理好きだからな。
「舜、何か食いたいものある?」
「特には・・・・・あ、オムライス。」
「じゃ、オムライスで。」
一応卵の数を確認。8個。十分だ。ケチャップもまだ半分くらいある。
大きめのフライパンを出して、早速調理に取り掛かった。

何かを焼く音が台所から聞こえてきた。
久々に帰ってきた兄貴が、昼飯を作ってくれることになった。久しぶりに会った兄貴は、やっぱり俺の名前を忘れていた。まぁそんなことはどうでもいい。
「聖、ここでこのまま話しても平気?」
「多分。兄貴も料理に集中してるし。声を少し落とせば問題ないと思う。」
「そうだね。」
そして、改めてB4サイズの紙に向かい合った。他人が見たらわけの分からない記号の羅列にしか見えないもの。俺と瞬には――――『現代の魔法使い』と『古代の魔法使い』にとっては、意味あるもの。
「明後日は、満月だ。」
「じゃ、その日にしよう。部活で学校来てるヒトがいるかもしれないけど、どうする?俺たち帰宅部だけど。様子見に行ったほうがいいだろう?」
「図書室利用にでも行けばいいだろ。」
「それもそうか。一回家に帰る?」
「いや、残って、ヒトがいなくなったことを確認した方がいいだろう。明後日には兄貴も家を出てるだろうし、こっちは大丈夫だ。」
「俺も平気。じゃ、そのまま残ろうか。監視カメラは?」
「俺がどうにかする。」
そして、最後に頷きあう。紙をきちんと畳んで、瞬に渡した。
「じゃ、明後日。」
「ああ。明日は『準備』をしないとな。」
「そうだね。」
「何の準備だ?」
オムライスを運んできた兄貴が尋ねた。一応尋ねてはいるが、興味は無さそうだ。
「ちょっとな。」
「そうか。」
やはり、追求はしてこなかった。
ほっとしつつ、オムライスにケチャップで模様を描く。
「いただきます。」
「いただきます。」
「おう。」
久々に食ったオムライスは、それなりに美味かった。
「兄貴、今回はいつまでいるんだ?」
「明日の夕方には戻る。」
「そうか。じゃ、その間に部屋を掃除しとけよ。埃積もってる。」
「マジか。」
兄貴がウンザリしたような顔をする。最近帰ってなかったんだからしょうがないだろ。
とりあえず、明後日は間違いなくいない、ということがわかった。瞬に目配せすると、かるい頷きがかえってきた。
「お前ら、仲いいな。」
「それなりにな。」
兄貴の感心したような声に適当に応えた。
「明日は、家にいるのか?」
「ああ。たまにはごろごろしたいからな。」
「そうか。明日、俺は遊びに行くから。」
「お前が、なぁ・・・・・。」
不信そうに見てくる。
「兄貴には関係ないさ。」
「だろうな。」
気力の無い声。そう、関係ない。
陽光に照らされ、明るい外を眺めながら、ボーっと考えた。
・・・・・今日、洗濯物干せばよかった。

続く。

コメント