本日は快晴。屋上で日に当たるのが楽しみだ。
今日は図書委員の当番で、大分遅れてしまった。担当の教師の手際の悪さはどうにかならないものか。
「真理(しんり)君、手伝ってくれて本当に助かったよ。ありがとう」
隣を歩く寡黙な同級生に礼を言う。彼か彼女か未だに分からない友人は「別に」と短く言った。
正直言って、この友人と二人きりでいるのは少し苦手だった。
無口で無表情。何を考えているのかわからない。ある程度他人の心理を読むことは出来るのだが、それが通じない。
葵(まもる)君がいてくれたら、通訳のような事をしてくれるし、真理君の感情も少しだけ読みやすくなるから、コミュニケーションが取れるのだけど、屋上に到着するまではそれもない。
もしかしたら、向こうも俺と二人きりなのは苦手なのかもしれない。いや、『俺と』というよりは『葵君以外の人間と』といったほうが良いのかもしれないが。
黙って歩いているのも面白くないので、とりあえず会話を試みる。
「今日は晴れてよかったね」
「何故?」
一応、会話を続けてくれるらしい。
「葵君は晴れが好きだろう?だから君も晴れの日が好きなんだと思っていたんだけど、違うかな?」
人名に反応して、微かに表情が動く。こういうところは妙に分かりやすい。
「そう、だね。うん。晴れ、好き」
殆ど単語で喋る独特の話し方にも驚く事はないが、分かりにくさは変わらない。それでも、葵君によるとこれでも分かりやすいように努力している結果らしい。普通のクラスメイトに話すときより、丁寧に言っている、との事だ。それは嬉しい事だけど、やはり理解はしにくい。その辺は俺が努力すべきところなのだろう。
「氷雨舜」
唐突に名前を呼ばれた。真理君が葵君以外の人間に話しかけるのは、非常に珍しい。
「何か?」
真理君は黒い瞳をじっとこちらに向けていた。感情の読めない顔は、何故だか少しだけ戸惑っているように思えた。
「氷雨舜、晴れ、好き?」
抑揚のない口調。それでも内容は何となく微笑ましいものだった。
「うん、好きだよ。屋上に行けるしね」
「そう」
それだけ言って、闇色の目は前を向いてしまった。少し惜しい気もする。
普段使っている屋上までは、もう少し時間がかかる。人の少ない廊下は声がよく響くが、それ以上に沈黙の時の足音の方が気になってしまう。
「真理君は」
とりあえず切り出してみたが、言葉が続かない。というよりは、続けていいものか分からない。差しさわりのない言葉に変える事も出来るが、躊躇を押しのけて好奇心が勝利を手にしたようだ。
「真理君は、俺や聖(あきら)が嫌い?」
微かに、本当に微かに、表情が動いた気がする。
「何故?」
返ってきたのは、肯定でも否定でもなく、疑問。思わず苦笑してしまった。
「俺と聖は、それなりに葵君と仲がいいから。だから、気に入らないと内心思われてるかなと思ってね」
真理君は、少し困惑しているように見えた。感情を殆ど投影しない表情はいつもどおりだったけれど。
「時々」
言葉を切り、前を向く。それは時々嫌いだ、とかそういう意味なのだろうか。そう思った時、続きが聞こえた。
「時々、羨ましい」
その言葉に少し驚いて、前を見据える横顔を覗き込む。男にも女にも見えない美貌は、相変わらず何を考えているかわからない。
それ以上何も言うつもりは無いらしく、黙々と歩いている。
「そう」
それだけ返して、視線を上げた。屋上までは、もう少し。
終わり。
『言葉』の対。
今日は図書委員の当番で、大分遅れてしまった。担当の教師の手際の悪さはどうにかならないものか。
「真理(しんり)君、手伝ってくれて本当に助かったよ。ありがとう」
隣を歩く寡黙な同級生に礼を言う。彼か彼女か未だに分からない友人は「別に」と短く言った。
正直言って、この友人と二人きりでいるのは少し苦手だった。
無口で無表情。何を考えているのかわからない。ある程度他人の心理を読むことは出来るのだが、それが通じない。
葵(まもる)君がいてくれたら、通訳のような事をしてくれるし、真理君の感情も少しだけ読みやすくなるから、コミュニケーションが取れるのだけど、屋上に到着するまではそれもない。
もしかしたら、向こうも俺と二人きりなのは苦手なのかもしれない。いや、『俺と』というよりは『葵君以外の人間と』といったほうが良いのかもしれないが。
黙って歩いているのも面白くないので、とりあえず会話を試みる。
「今日は晴れてよかったね」
「何故?」
一応、会話を続けてくれるらしい。
「葵君は晴れが好きだろう?だから君も晴れの日が好きなんだと思っていたんだけど、違うかな?」
人名に反応して、微かに表情が動く。こういうところは妙に分かりやすい。
「そう、だね。うん。晴れ、好き」
殆ど単語で喋る独特の話し方にも驚く事はないが、分かりにくさは変わらない。それでも、葵君によるとこれでも分かりやすいように努力している結果らしい。普通のクラスメイトに話すときより、丁寧に言っている、との事だ。それは嬉しい事だけど、やはり理解はしにくい。その辺は俺が努力すべきところなのだろう。
「氷雨舜」
唐突に名前を呼ばれた。真理君が葵君以外の人間に話しかけるのは、非常に珍しい。
「何か?」
真理君は黒い瞳をじっとこちらに向けていた。感情の読めない顔は、何故だか少しだけ戸惑っているように思えた。
「氷雨舜、晴れ、好き?」
抑揚のない口調。それでも内容は何となく微笑ましいものだった。
「うん、好きだよ。屋上に行けるしね」
「そう」
それだけ言って、闇色の目は前を向いてしまった。少し惜しい気もする。
普段使っている屋上までは、もう少し時間がかかる。人の少ない廊下は声がよく響くが、それ以上に沈黙の時の足音の方が気になってしまう。
「真理君は」
とりあえず切り出してみたが、言葉が続かない。というよりは、続けていいものか分からない。差しさわりのない言葉に変える事も出来るが、躊躇を押しのけて好奇心が勝利を手にしたようだ。
「真理君は、俺や聖(あきら)が嫌い?」
微かに、本当に微かに、表情が動いた気がする。
「何故?」
返ってきたのは、肯定でも否定でもなく、疑問。思わず苦笑してしまった。
「俺と聖は、それなりに葵君と仲がいいから。だから、気に入らないと内心思われてるかなと思ってね」
真理君は、少し困惑しているように見えた。感情を殆ど投影しない表情はいつもどおりだったけれど。
「時々」
言葉を切り、前を向く。それは時々嫌いだ、とかそういう意味なのだろうか。そう思った時、続きが聞こえた。
「時々、羨ましい」
その言葉に少し驚いて、前を見据える横顔を覗き込む。男にも女にも見えない美貌は、相変わらず何を考えているかわからない。
それ以上何も言うつもりは無いらしく、黙々と歩いている。
「そう」
それだけ返して、視線を上げた。屋上までは、もう少し。
終わり。
『言葉』の対。
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