(視点:時雨兄)
目覚まし時計の音で、目を覚ました。煩い。今日はまだ休日なのだから寝ていてもいいだろう。手を伸ばすが、獲物は見当たらない。音は鳴り響いている。ああ煩い。見つけたら叩き壊す。そう誓った時、不意に音が止まった。
「兄貴」
弟の声が聞こえる。後五分、とでも言えばいいのだろうか。
「兄貴、後で寝ていいから起きてよ」
後で寝ていいなら今寝ても同じだろう。
「兄貴ー」
今度は弟が煩い。流石に殴って止めるのは家庭内暴力になるだろうか。苛々しながら起き上がる。身体が少し痛い。変なところで寝たのか?見てみるとそこはソファーの上。そりゃ身体も痛むか。
「おはよう、兄貴。早速で悪いけど舜のお兄さんを起こして」
「テメェらでやれ」
「やっても起きないんだよ。ほら」
俺と同じように、ソファーを一つ占領して眠っているらしい。白くて小さいのと短い銀髪のが頑張って起こそうとしていた。だが、あんなもんじゃ起きるわけが無い。
「仕方ねぇな。どけ、ガキ共」
素直な子供はあっさりどいた。ソファーとテーブルの距離を目算する。
「誰か、テーブルどけろ。今すぐ」
ソファーの後ろに回りこみつつ指示を出す。小さな少女が軽々と持ち上げた。結構重量がありそうに見えるが、きっとまだ覚醒しきっていなくて寝ぼけているのだろう。向かいのソファーできょとんとしている銀髪の美人は、多分大丈夫だろう。よし、いざ。
「起きろ!」
言いながら、ソファーごと蹴倒す。良い子は真似しちゃいけません、とでも言っておけばいいだろうか。悪い子ならいいってワケでもないが。
「むぎゃっ・・・・・・」
鈍い音と共に聞こえてきた奇妙な声。どうやら、起きたようだ。見慣れた姿が、のそのそと這い出してきた。
「何〜?地震?」
「いや、人災だ」
「へー、それならしょうがないね。あれ?ソファー倒れたの?」
「早く直してやれ。座れないで困ってる奴がいるだろ」
「あ、そうだね。よいしょっと」
「兄貴・・・・・・・」
声が二つ重なった。俺の弟と、相棒の弟だ。相棒の弟は可哀想なものを見るように己の兄を見ていた。『ように』、というよりはそのものズバリかもしれない。
ついでに、弟が俺に悪魔を見るような目を、――――いや、弟なら悪魔を好意的に見るだろう。訂正、悪人を見るような目を向けてきたが、無視。間接的には相棒の所為だ。俺の行動は別に間違ってはいないはずだ。正しいとは言わないが。
とりあえずため息をついて時計を見る。ややズレはあるものの短針と長針が重なりあって真上を指している。様子を見る限り、昼ではない。夜中か。
「で、何でこんな真夜中に起こされたんだ?」
説明を求めると、呆れたような視線が返された。なんだ、文句あるのかとガンつけてみた。
「兄貴、忘れた?」
「何をだ」
「三日目になったら推理を発表するって」
「あぁ?推理?金○一耕介でも呼んで来い」
「それごと忘れたの?」
「だから、何の話だ。俺は飯を作った事と銀髪美人と話したことはちゃんと覚えているぞ」
「この短い期間でそれまで忘れたらいっそ奇跡だけどね。ほら、寅乃さんが・・・・・・、って覚えてないよねきっと」
「ああ、誰だそいつ」
「・・・・・・ほら、殺人事件が起こったでしょ?」
「警察呼べよ」
「いや、単なるゲームなんだけど」
「なら放っておけよ」
「密室の謎を解いて犯人を当てようってゲームなんだよ。で、推理を発表しあうんだけど・・・・・・・覚えてないなら推理なんてしてるわけがないよね」
「覚えてないのに推理できていたら、それこそ奇跡だな」
「・・・・・・兄貴がもし犯人だとしても、犯行自体忘れていそうだよね・・・・・・」
流石にそれはないだろう、と断言できない自分が少し悔しかった。
「それじゃ、兄貴は覚えてる?」
「え?何を?」
「今言ってた推理の奴だよ。・・・・・・兄貴は、一緒に回ったりしたでしょ?」
「そういえばうろうろしてたね。で、なんだっけ?」
「スノウさん、二人はパスで」
「うん、おっけー」
何だ、それじゃもう寝て良いのか?
「まだ寝ないでね、兄貴。兄貴が犯人の可能性もゼロじゃないんだから」
「・・・・・・・分かったよ」
確かに、覚えていないだけで俺がやった可能性も捨てきれない。そうなると、刑事ドラマの犯人のように「何もかも、刑事さんの言うとおりです」とか「あいつがあんな事を言わなければ、俺だって・・・・・・」みたいなことを言えない。
俺がそんな危惧を抱いているなどと思わないだろう面々は話を進めていた。
「っていっても、あたし推理なんて出来てないよ。だからあたしパス」
「・・・・・・・僕、興味、無い」
小さな少女と無表情の黒髪の・・・・・・男だか女だかよくわからないが、弟と同い年くらいの奴が離脱宣言した。正直だ。
「あう、すいりって、どうやるの?」
小さくて白いのが首を傾げる。俺が言えた義理じゃないが、今更聞くことではないだろうと思う。
「これじゃ、ハザード君も無理だね」
「う?」
分からないようで首をかしげている。見た目も子供だが、中身はもっと子供らしい。きっと話が合わないだろう。
「流水はどうだ?」
「うーん・・・・・・・それがさっぱり分からなくて。一回扉外してからつけたのかと思ったんですけど、そんな跡もなかったし」
随分豪快なトリックだ。
「それは、跡以前にいくらなんでも気づくと思うぞ」
「あ、そうですね」
「そういう冷人はどうなの?」
「ああ。糸か何かを使って中に入れたのかと思ったんだが、位置がおかしいからな。さっぱり分からない」
誰もわからないのか?ふと、強い青の瞳を持つ不機嫌そうな少年を見つけた。視線がテーブルの上の本へと固定されている。早く読みたいらしい。
「リィンは?」
「さぁな。途中で飽きたから知らん」
「潔いね」
「で、お前らどうなの?」
話を振られた弟たちは同時に肩をすくめた。
「さぁ?瞬間移動でもしたらできるんじゃない?」
「それってトリック関係ないじゃん」
「そう。だからお手上げ」
結局全員脱落らしい。何の為に俺は起こされたんだ?
霊感の無い俺にも見える幽霊が、隣の美人に目線を合わせた。
「イルは?」
美人は人形のような顔に疑問符を浮かべ、ことりと首を傾げた。
「その・・・・・・・さっきからみんなが何をしてるのか、よく分からないんですけど」
「んー、一応推理大会?みんないい案は無いみたいだけど」
「あの、そうじゃなくて・・・・・」
言葉が見つからないとでも言うように、首をかしげている。不機嫌そうな少年が、ふと顔を上げた。
「そういえば、イル。お前、推理小説は読まないんだったな」
「あ、うん。そうだよ」
「え?そうなの?」
「うん。だって、人が死んだり殺したりするのがテーマなんでしょう?俺、そういうのは苦手だし・・・・・・」
そういえば、『人が死ぬ話は嫌いだから』という理由で推理小説を嫌う人間もそれなりにいるらしい。当たり前に読める人間はなかなかそれに配慮をしない。というか、できない。自分が当たり前のように読めるものを、苦手だと思う人間がいると云う発想がうまれないのだろう。
「うーん、一応、説明しようか」
事細かに概要とやり方を説明する。推理小説を読みなれている人間なら退屈で眠りそうになるような簡単で基本的な説明だ。
それを聞き終えて、美人はきょとんと目を瞬いた。
「えっと、つまり、その密室にした人が犯人?」
「そういうことになるね」
美人は目を丸くして、小首を傾げた。角度まで計算されつくしたかのような完璧な動作だ。そして、ゆっくりと口を開いた。
「でも、それだったら、犯人はリィンって事になるんじゃないの?」
俺も含め、誰もがその言葉に驚いたと思う。
推理の仕方さえ知らなかった人間が、突然そんな事を口走ったのだから当然だろう。幽霊が問う。
「何でそう思うの?」
「だって、あの部屋に落ちてたの、リィンの鍵でしょう?」
「え?」
「最初、誰のかなって思ってたんだけど、リィンが回収してたから多分リィンのなんだよね」
「普通、密室で死体があって近くに鍵が落ちてたら、その部屋のだって思わない?」
同感だ。
しかし、美人はますます分からないとばかりにきょとんとしている。
「どうして?だって、鍵がそこにあったら扉に鍵をかけられないでしょう?マスターキーは使えなかったんだから。スノウさんは一言も、あの鍵が寅乃さんの鍵だなんて言ってなかったし。だったら、誰かの忘れ物なんだって思うよ」
反論しようとして、気が付いた。
「そうか」
「兄貴?」
「そうだな、普通は考えない。推理ゲームだとか密室をとけとか言われなかったら、普通ありえないだろ」
考えてしまうのは、推理小説や漫画で、そういう場合は部屋の中の鍵は間違いなくその部屋の鍵だ、というのが定石だからだ。慣れている人間はそう考えてしまう。だが、読んだことの無い人間なら、その『常識』に囚われる事は無い。
「でも、あの後調べに行った時一応鍵は閉めたり開けたりしましたよ?」
「だから、調べに行く前にすり替えたんだよ」
「何故そう思う?」
不機嫌な声。そういえば、この少年がリィンだったか。
美人は相変わらずよく分からないらしい。
「だって、右のポケットに入れたものが左のポケットからでるわけないだろう?」
素晴らしい記憶力だ。少し分けてもらいたい。不機嫌な少年が微かに眉を顰めた。
「・・・・・・それで、鍵を出した時に間抜け面晒してたのか」
「間抜け面って酷いなぁ。何か変だなって思ったんだよ」
気づいていたらその場で言えばよかったのに、と思ったが、少し不思議な事程度の認識しかなかったんだろうと思い至った。
「あはは、言われちゃったけど、どうする?容疑者君?」
「反論の意味が無いだろう。まさかこいつに当てられるとはな」
「イルが推理小説を知らなかったっていうのが誤算だね」
そういって幽霊が肩をすくめた。協力してトリックでも考えたのかもしれない。
「ともかく、イルの勝ちだね。おめでとう」
「うーん、意外だ」
「ホントに、大穴だよねぇ。俺にも読めなかったもの」
わいわいと話が進む。ふと忘れかけていた眠気を思い出した。今なら寝ても文句は言われないだろう。
部屋に戻るのが億劫で、というより部屋が何処だか忘れたし、この場で寝ることにした。どうせ2時間くらい眠ればスッキリする。よし、決まり。
目を瞑ってごろんと横になると、頭に少し柔らかい感触があった。目を開けると、きょとんとした美人の顔。体勢を予想するなら、俺が彼の膝に頭を乗せているような感じだろう。少し申し訳ないが、何だか面倒だ。
「膝、借りる」
「どうぞ」
快く許可も貰えた。心が広い。さて寝よう。
眠気に意識をゆだねる直前、そういえばさっきもこうやって寝た気がする、と思い出した。
終わり。
以上です。
トリックといえるトリックじゃないですね。
お付き合いいただきありがとうございました。
目覚まし時計の音で、目を覚ました。煩い。今日はまだ休日なのだから寝ていてもいいだろう。手を伸ばすが、獲物は見当たらない。音は鳴り響いている。ああ煩い。見つけたら叩き壊す。そう誓った時、不意に音が止まった。
「兄貴」
弟の声が聞こえる。後五分、とでも言えばいいのだろうか。
「兄貴、後で寝ていいから起きてよ」
後で寝ていいなら今寝ても同じだろう。
「兄貴ー」
今度は弟が煩い。流石に殴って止めるのは家庭内暴力になるだろうか。苛々しながら起き上がる。身体が少し痛い。変なところで寝たのか?見てみるとそこはソファーの上。そりゃ身体も痛むか。
「おはよう、兄貴。早速で悪いけど舜のお兄さんを起こして」
「テメェらでやれ」
「やっても起きないんだよ。ほら」
俺と同じように、ソファーを一つ占領して眠っているらしい。白くて小さいのと短い銀髪のが頑張って起こそうとしていた。だが、あんなもんじゃ起きるわけが無い。
「仕方ねぇな。どけ、ガキ共」
素直な子供はあっさりどいた。ソファーとテーブルの距離を目算する。
「誰か、テーブルどけろ。今すぐ」
ソファーの後ろに回りこみつつ指示を出す。小さな少女が軽々と持ち上げた。結構重量がありそうに見えるが、きっとまだ覚醒しきっていなくて寝ぼけているのだろう。向かいのソファーできょとんとしている銀髪の美人は、多分大丈夫だろう。よし、いざ。
「起きろ!」
言いながら、ソファーごと蹴倒す。良い子は真似しちゃいけません、とでも言っておけばいいだろうか。悪い子ならいいってワケでもないが。
「むぎゃっ・・・・・・」
鈍い音と共に聞こえてきた奇妙な声。どうやら、起きたようだ。見慣れた姿が、のそのそと這い出してきた。
「何〜?地震?」
「いや、人災だ」
「へー、それならしょうがないね。あれ?ソファー倒れたの?」
「早く直してやれ。座れないで困ってる奴がいるだろ」
「あ、そうだね。よいしょっと」
「兄貴・・・・・・・」
声が二つ重なった。俺の弟と、相棒の弟だ。相棒の弟は可哀想なものを見るように己の兄を見ていた。『ように』、というよりはそのものズバリかもしれない。
ついでに、弟が俺に悪魔を見るような目を、――――いや、弟なら悪魔を好意的に見るだろう。訂正、悪人を見るような目を向けてきたが、無視。間接的には相棒の所為だ。俺の行動は別に間違ってはいないはずだ。正しいとは言わないが。
とりあえずため息をついて時計を見る。ややズレはあるものの短針と長針が重なりあって真上を指している。様子を見る限り、昼ではない。夜中か。
「で、何でこんな真夜中に起こされたんだ?」
説明を求めると、呆れたような視線が返された。なんだ、文句あるのかとガンつけてみた。
「兄貴、忘れた?」
「何をだ」
「三日目になったら推理を発表するって」
「あぁ?推理?金○一耕介でも呼んで来い」
「それごと忘れたの?」
「だから、何の話だ。俺は飯を作った事と銀髪美人と話したことはちゃんと覚えているぞ」
「この短い期間でそれまで忘れたらいっそ奇跡だけどね。ほら、寅乃さんが・・・・・・、って覚えてないよねきっと」
「ああ、誰だそいつ」
「・・・・・・ほら、殺人事件が起こったでしょ?」
「警察呼べよ」
「いや、単なるゲームなんだけど」
「なら放っておけよ」
「密室の謎を解いて犯人を当てようってゲームなんだよ。で、推理を発表しあうんだけど・・・・・・・覚えてないなら推理なんてしてるわけがないよね」
「覚えてないのに推理できていたら、それこそ奇跡だな」
「・・・・・・兄貴がもし犯人だとしても、犯行自体忘れていそうだよね・・・・・・」
流石にそれはないだろう、と断言できない自分が少し悔しかった。
「それじゃ、兄貴は覚えてる?」
「え?何を?」
「今言ってた推理の奴だよ。・・・・・・兄貴は、一緒に回ったりしたでしょ?」
「そういえばうろうろしてたね。で、なんだっけ?」
「スノウさん、二人はパスで」
「うん、おっけー」
何だ、それじゃもう寝て良いのか?
「まだ寝ないでね、兄貴。兄貴が犯人の可能性もゼロじゃないんだから」
「・・・・・・・分かったよ」
確かに、覚えていないだけで俺がやった可能性も捨てきれない。そうなると、刑事ドラマの犯人のように「何もかも、刑事さんの言うとおりです」とか「あいつがあんな事を言わなければ、俺だって・・・・・・」みたいなことを言えない。
俺がそんな危惧を抱いているなどと思わないだろう面々は話を進めていた。
「っていっても、あたし推理なんて出来てないよ。だからあたしパス」
「・・・・・・・僕、興味、無い」
小さな少女と無表情の黒髪の・・・・・・男だか女だかよくわからないが、弟と同い年くらいの奴が離脱宣言した。正直だ。
「あう、すいりって、どうやるの?」
小さくて白いのが首を傾げる。俺が言えた義理じゃないが、今更聞くことではないだろうと思う。
「これじゃ、ハザード君も無理だね」
「う?」
分からないようで首をかしげている。見た目も子供だが、中身はもっと子供らしい。きっと話が合わないだろう。
「流水はどうだ?」
「うーん・・・・・・・それがさっぱり分からなくて。一回扉外してからつけたのかと思ったんですけど、そんな跡もなかったし」
随分豪快なトリックだ。
「それは、跡以前にいくらなんでも気づくと思うぞ」
「あ、そうですね」
「そういう冷人はどうなの?」
「ああ。糸か何かを使って中に入れたのかと思ったんだが、位置がおかしいからな。さっぱり分からない」
誰もわからないのか?ふと、強い青の瞳を持つ不機嫌そうな少年を見つけた。視線がテーブルの上の本へと固定されている。早く読みたいらしい。
「リィンは?」
「さぁな。途中で飽きたから知らん」
「潔いね」
「で、お前らどうなの?」
話を振られた弟たちは同時に肩をすくめた。
「さぁ?瞬間移動でもしたらできるんじゃない?」
「それってトリック関係ないじゃん」
「そう。だからお手上げ」
結局全員脱落らしい。何の為に俺は起こされたんだ?
霊感の無い俺にも見える幽霊が、隣の美人に目線を合わせた。
「イルは?」
美人は人形のような顔に疑問符を浮かべ、ことりと首を傾げた。
「その・・・・・・・さっきからみんなが何をしてるのか、よく分からないんですけど」
「んー、一応推理大会?みんないい案は無いみたいだけど」
「あの、そうじゃなくて・・・・・」
言葉が見つからないとでも言うように、首をかしげている。不機嫌そうな少年が、ふと顔を上げた。
「そういえば、イル。お前、推理小説は読まないんだったな」
「あ、うん。そうだよ」
「え?そうなの?」
「うん。だって、人が死んだり殺したりするのがテーマなんでしょう?俺、そういうのは苦手だし・・・・・・」
そういえば、『人が死ぬ話は嫌いだから』という理由で推理小説を嫌う人間もそれなりにいるらしい。当たり前に読める人間はなかなかそれに配慮をしない。というか、できない。自分が当たり前のように読めるものを、苦手だと思う人間がいると云う発想がうまれないのだろう。
「うーん、一応、説明しようか」
事細かに概要とやり方を説明する。推理小説を読みなれている人間なら退屈で眠りそうになるような簡単で基本的な説明だ。
それを聞き終えて、美人はきょとんと目を瞬いた。
「えっと、つまり、その密室にした人が犯人?」
「そういうことになるね」
美人は目を丸くして、小首を傾げた。角度まで計算されつくしたかのような完璧な動作だ。そして、ゆっくりと口を開いた。
「でも、それだったら、犯人はリィンって事になるんじゃないの?」
俺も含め、誰もがその言葉に驚いたと思う。
推理の仕方さえ知らなかった人間が、突然そんな事を口走ったのだから当然だろう。幽霊が問う。
「何でそう思うの?」
「だって、あの部屋に落ちてたの、リィンの鍵でしょう?」
「え?」
「最初、誰のかなって思ってたんだけど、リィンが回収してたから多分リィンのなんだよね」
「普通、密室で死体があって近くに鍵が落ちてたら、その部屋のだって思わない?」
同感だ。
しかし、美人はますます分からないとばかりにきょとんとしている。
「どうして?だって、鍵がそこにあったら扉に鍵をかけられないでしょう?マスターキーは使えなかったんだから。スノウさんは一言も、あの鍵が寅乃さんの鍵だなんて言ってなかったし。だったら、誰かの忘れ物なんだって思うよ」
反論しようとして、気が付いた。
「そうか」
「兄貴?」
「そうだな、普通は考えない。推理ゲームだとか密室をとけとか言われなかったら、普通ありえないだろ」
考えてしまうのは、推理小説や漫画で、そういう場合は部屋の中の鍵は間違いなくその部屋の鍵だ、というのが定石だからだ。慣れている人間はそう考えてしまう。だが、読んだことの無い人間なら、その『常識』に囚われる事は無い。
「でも、あの後調べに行った時一応鍵は閉めたり開けたりしましたよ?」
「だから、調べに行く前にすり替えたんだよ」
「何故そう思う?」
不機嫌な声。そういえば、この少年がリィンだったか。
美人は相変わらずよく分からないらしい。
「だって、右のポケットに入れたものが左のポケットからでるわけないだろう?」
素晴らしい記憶力だ。少し分けてもらいたい。不機嫌な少年が微かに眉を顰めた。
「・・・・・・それで、鍵を出した時に間抜け面晒してたのか」
「間抜け面って酷いなぁ。何か変だなって思ったんだよ」
気づいていたらその場で言えばよかったのに、と思ったが、少し不思議な事程度の認識しかなかったんだろうと思い至った。
「あはは、言われちゃったけど、どうする?容疑者君?」
「反論の意味が無いだろう。まさかこいつに当てられるとはな」
「イルが推理小説を知らなかったっていうのが誤算だね」
そういって幽霊が肩をすくめた。協力してトリックでも考えたのかもしれない。
「ともかく、イルの勝ちだね。おめでとう」
「うーん、意外だ」
「ホントに、大穴だよねぇ。俺にも読めなかったもの」
わいわいと話が進む。ふと忘れかけていた眠気を思い出した。今なら寝ても文句は言われないだろう。
部屋に戻るのが億劫で、というより部屋が何処だか忘れたし、この場で寝ることにした。どうせ2時間くらい眠ればスッキリする。よし、決まり。
目を瞑ってごろんと横になると、頭に少し柔らかい感触があった。目を開けると、きょとんとした美人の顔。体勢を予想するなら、俺が彼の膝に頭を乗せているような感じだろう。少し申し訳ないが、何だか面倒だ。
「膝、借りる」
「どうぞ」
快く許可も貰えた。心が広い。さて寝よう。
眠気に意識をゆだねる直前、そういえばさっきもこうやって寝た気がする、と思い出した。
終わり。
以上です。
トリックといえるトリックじゃないですね。
お付き合いいただきありがとうございました。
コメント