『後悔3』

2008年9月20日 後悔
何も知らない
何もわからない
ずっと、そう思ってたのに




 セイを見つけた。でも、おっきいにもつ持ってる。
「あ、ハザード。こっちに来てたの?」
「うん」
「そっかー、俺、今日からお仕事なんだよなー。いつまでいるの?」
「わかんない」
「そっかー」
 イルにきいたらわかるかな。ブライトがにっこり笑った。
「ハザードなら、ずっとこっちにいると思うぞ。リィンが神殿での仕事をする事にしたらしいし」
「そうなの?」
「ああ、だから、帰ってからでも遊べるさ」
「やったー! じゃ、帰ったら一緒に遊ぼうね!」
「うん」
 セイはおしごと。リィンもおしごと。
「俺とライトも暫く訓練の為に外出なきゃならないし、ハザードは暫く退屈かもな」
「ブライトとライトもおしごと?」
「まあ、そう言えなくもないな」
 みんなおしごと。僕はおしごと、ない。イルにきいてみようかな。
「それじゃ、いってくる」
「いってきまーす」
「うん、いってらっしゃい」
 お昼はイルもおしごと。何をしようかな。リィンだったら、何するかな。
 ちょっと考えて、思いついた。としょかんで、本をかりよう。
 としょかんで、セージを見つけた。
「セージ、こんにちは」
「ん? ああ、ハザード、こんにちは。読書か?」
「うん。セージは?」
「俺も読書、なんだけど、仕事の一環かな。次の遺跡調査の下準備だから」
「セージもおしごと?」
 みんなおしごとだ。僕も何かやりたい。
「それで、ハザードはどんな本を読みたいんだ?」
「あう? えっとね、絵本か『どうわ』がいい」
「読んだ事のある本は覚えてるか?」
 なんこか答えたら、セージが本をもってきてくれた。ちょっと重い本。
「あっちに行って、この本を貸して下さいって言っておいで」
「うん」
 としょかんは走ったらダメ。あるいて、本を見せた。
「この本を、かしてください」
「はい。お名前は?」
「ハザード」
「ハザード、と。はい、持って行っていいですよ。次の満月までに返しに来て下さいね」
「えっと、はい」
 次の満月。セージのところにもどった。
「かりれた。次の満月、までに返すって」
「そっか。よかったな」
「うん、えっとね、ありがとう、ございました」
「どういたしまして。部屋まで一人で帰れるか?」
「うん」
「そっか。それじゃ、またな」
「うん」
 セージもおしごとだから、じゃましたらダメ。おへやにもどろう。


 そろそろ夕飯だから、と迎えに行くと、ハザードは本を読んでいた。相変わらず、口に出しながら。
「夜ご飯を食べに行くよ、ハザード」
 声をかけると、大きな赤い瞳がこちらを向いた。それから、近くに置いていた栞を手にとって、慣れない手つきで本に差し込んだ。それから、殆どタックルのように抱きついてきた。可愛いけど、結構痛い。ハザードは意外と力があるので、痛みを訴えて解放してもらった。
「イル、僕はおしごと、ないの?」
 真っ直ぐな目で見上げて、尋ねてきた。突然の言葉だけど、そう驚く事ではなかった。リィンやセイも仕事でいないから、退屈だったり寂しかったりするのだろう。少し屈んで、目線を合わせた。
「今のところは、お勉強がハザードのお仕事かな」
 ハザードはきょとん、としている。こうしていると、ますます幼い。
「リィンのも、ブライトやライトのも、セイのも、みんな違うお仕事なんだよ。みんなに合ったお仕事をやってるんだ」
「ぜんぶ、おしごと、なのに?」
「そう。色んなお仕事があるんだよ」
「イルも、セージも、ちがうおしごと?」
「うん」
 ハザードの眉が微かに寄せられた。多分、今与えられた情報を懸命に処理しているのだろう。微笑ましい。そろそろ整理が付いたかな、というのを見計らって、口を開く。
「お仕事によって必要な物は変わってくるんだ。ブライトやライトだったら強さだし、セージだったら知識かな。でも、ハザードはどのお仕事が合うのかまだわからないから、それがわかるようになる為にも、今はちゃんとお勉強しないとね」
「……」
 ハザードは暫く無言で何か考えていた。不意に、顔を上げた。
「わかった」
「そう、よかった」
 ふわふわした髪をそっと撫でて、笑った。
「それじゃ、ご飯食べに行こうか」
「うん」
 頷くハザードと、しっかり手を繋いだ。手の甲は柔らかさがまだ残っているけれど、ハザードの掌は意外と硬い。ナイフを扱っているからだそうだ。見た目と中身の幼さに不釣合いな掌は、結構好きだ。本人は、あまり気にしてはいないらしいけれど。そう思って、ふと疑問が湧いた。ハザードの中の『あの子』は、この掌をどう思っているんだろう。


 起きたら、あの子があいつと話してた。
「ハザードは、リィンがいなくて寂しい?」
「う?」
 あの子が首を傾げた。『さびしい』なんて、この子供は多分よくわかってない。ずっと一人だったんだから。
「……よくわかんない」
「そっか。ごめんね、困らせちゃって」
「だいじょうぶ、だよ」
 そう答えるのを聞いて、あいつは笑った。どこかで見たような笑顔だった。……どこで。何だか、すごくいらいらする。
「それじゃ、おやすみ、ハザード」
「うん、おやすみなさい」
 布団にもぐって、目を閉じた。声をかけて、『この場所』に呼ぶと、すぐに来た。
「どうしたの?」
「……なんであいつと一緒なの?」
「だって、イルといっしょがいいから」
「何その理由」
 よくわからないけどむかつく。大体、どうしてこいつはあいつになついてるんだ。
「アレの、どこがいいの?」
「フィアスはいやなの?」
 むっとすると、相手が首をかしげた。
「フィアス、『おかあさん』きらい?」
 その言葉が、よくわからなかった。何を言ってるんだろう。
「嫌いとか、そういう問題じゃない。元々いないんだから」
「う?」
 心の底から不思議そうな顔をしてた。どうしてこんな顔をしてるんだろう。

「でも、イルのこと『おかあさんみたい』って言ったの、フィアスだよ?」

 その言葉に、ただ驚いた。それから、怒りが沸いてくる。
「そんなわけないだろ」
「ううん、フィアスだよ」
「何で言い切れるの?」
 あの子は、まっすぐこっちを見た。
「だって、僕、『おかあさん』知らないよ」
「え……?」
「でも、イルみたいな人が、『おかあさん』なんだよね? フィアスは『おかあさん』がきらいだからイルがいやなの?」
 明らかにこの子の言葉は、ちょっとおかしい。けれど、それに気付いていない。それは本当に、この子が『お母さん』を知らないってこと? でも、それだったら、何で。
 頭が、痛い。目の前が暗い。何もかも、よくわからない。気持ち悪くて、目を閉じた。
「フィアス?」
 子供の声だ。これの、せいで。
「フィアス、どうしたの?」
 多分、この子はまっすぐ見てる。見ていなくても、わかった。だって、この子はいつだってそうだ。いつだって、いつだってまっすぐで。
 それが、今はとても嫌だった。
「うるさいな、黙ってろ!」
 この子と一緒にいたくなくって、逃げるように上にのぼった。目を閉じたまま、ぐっとこらえる。その時、少しだけ体が浮いた気がして、またすぐ重くなった。
「……大丈夫?」
 柔らかい声が聞こえた。目を開けると、そこには人形みたいにキレイな顔があった。




何も知らない
何もわからない
そう、思い込んでいたのに

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