『後悔4』

2008年9月28日 後悔
組み立てなんてわからない
だって、まわりに落ちてるのは、
小さなカケラばかり



 今、何でかわからないけど、あいつと外を歩いている。神殿からあまり遠くない森の近くの、少しだけ登るような道。あの子は神殿にきたら外に出かけることはあんまりないから、来たことはない道だった。道はずっと一つだったから、多分迷子にはならないと思う。
「今日は月が綺麗だねぇ」
 のんびりと歩くあいつが、くすくす笑った。
「……なんで」
「眠れない時は、散歩をして気分を変えるといいんだよ」
 首をかしげて、明るく言う。外に出たときも同じことを言ってた。今はそういうことを聞いているんじゃないんだけど。
 『魔物』といっしょなのに、どうしてこいつは平気なんだろう。とりあえずついていくと、丘の上でとまった。くるり、と振り返る。
「改めまして、俺はインペリアル。長いから、イルでいいよ」
 にこり、と笑った。誰かに似ている笑顔だった。それが、なんだか不安になる。
「君は?」
「……どうせ、僕の名前、知ってるでしょ?」
「そうだけど、君から聞きたいっていうか……」
「……知ってるなら、それでいいじゃん」
 そう答えたら、何だか悲しそうな顔をした。どうしてそんな顔をするんだろう。
「ええと、それじゃ、フィアス君って呼んでいいかな?」
「……べつに、いいけど」
「それじゃ、よろしくね、フィアス君」
 なにがしたいんだろう、こいつは。
「なんで?」
「何が?」
「なんで、よろしくなの?」
「仲良くなりたいから」
 ダメかな、と言って、困ったように首をかしげた。なにかを思い出しそうで、それがイヤだった。
 いつも、こうだ。どうして、いつもこうなんだろう。こいつは何なんだろう。
 僕は、思い出したいのか、思い出したくないのか、それもわからないのに。わからないまま思い出すなんて、イヤだった。
「このままここで寝てもいいかなぁ」
「……ひとりでねれば?」
「そうだね。それじゃ、神殿まで送っていくよ」
 何言ってるんだろう。こいつ、バカなのかな。
「あのさ、ホントにここでねるの?」
「うん」
「うんって……」
「この時期なら、凍死する心配もないし。あ、でもフィアス君は駄目だよ?」
「……なんで?」
「だって、夜が明けたら太陽が出てくるよ?」
 それは当たり前だ。なんでそんなことを言うんだろう。首をかしげてから、思い出した。この子の身体は太陽の光に当たったらいけないんだった。
「ついでに毛布を持ってくれば、のんびり眠れるかな」
 本気で寝る気だ。
「……危ないよ」
「え? 大丈夫だよ、流石にここから落ちるほど寝相悪くないし」
 のんびりした顔で、また空を見上げた。こいつ、何なんだろう。
「わるいヒトがきたら、どうするの?」
「え? うーん、困るかな」
 ほんの少し、困ったような顔でそんなことを言った。どこまでのんびりしてるんだろう。
 それから、いきなりにっこりと笑った。
「ありがとう、心配してくれて」
「心配、したわけじゃ……」
 何を言っていいのか、わからない。何をすればいいのか、わからない。
「とりあえず、戻ろうか。フィアス君、もう大丈夫?」
「なにが?」
「さっき、具合が悪そうだったから」
「べつに……」
 悪かったのは、具合じゃなくて気分だと思う。それでも、こいつはほっとしたような顔をした。なんで、こいつがそんな顔をするんだろう。
 わからないことばかりで、いらいらする。
「息抜きできたし、帰ろうか。黙って出てきちゃったから、戻るときもこっそりじゃないと怒られるかな」
 言いながらゆっくりと歩きはじめた。やっぱり、のんびりしてる。これで本当に『神殿長』なのか、と思うくらい。こいつの場合、『神殿長』っていうよりは、むしろ――
 ――むしろ、何?
「どうかした?」
 気がつかないうちに、立ち止まってたみたいだった。あいつが振り返る。
 やっぱり、こいつといると、なんていうんだろう、そう、『調子が狂う』。
「まだ具合悪いかな?」
 心配そうな顔で、目をあわせてきた。その顔をみているのがイヤで、森の方を見た。そのとき、森でなにかが動いたのが見えた。
「……?」
「ああ、さっきから誰かいるみたいなんだよね。迷ったのかな? でも、何人もいうみたいなんだけど」
「それって……」
 こんな時間に森の中をこそこそうろついてるヒトなんて、多分まともなヒトじゃない。というか、こいつは気づいていたのに、どうして平気でいるんだろう。
「……もしかして、悪い人達かな?」
 小さな声でそんなことを言う。もっと早くそう思えばいいのに。
「たぶん」
「そっか。困ったね」
「なんで?」
「うーん、囲まれてるみたいなんだよね。今気づいたんだけど」
「え……?」
 おどろいて、それから、気がついた。べつに、気にすることはない。だって、相手はただのヒトなんだ。だったら、どうにかするなんて、簡単だった。
「とりあえず、帰ろうか」
 のんびりした声がそう言った。見上げると、ほんの少し困ったような顔をしたあいつがいた。それを見たら、『どうにかする』のが、ダメな気がした。こいつの前で、『どうにかする』のは、いけない。そんな気分になる。目を合わせていられなくて、顔を下げた。
 頭の中が、ぐちゃぐちゃする。
「何とかできるから、こっちに……」
 おだやかな声が、とちゅうで止まった。気になって、顔を上げる。
 誰かが、ナイフを持ってこっちに向かってきていた。
「危ない!」
 おどろいている間に、目の前に何かが出てきた。きらきらした髪がゆれたのを見て、あいつが僕の前に立ったんだとわかった。わかって、頭がまっしろになる。
「な、んで……」
 どうすればいいのかわからない。どうすればいいのか、考えられない。見上げてもあいつの顔は見えなくて、丸い月が空に浮かんでいることだけ、わかった。

 ――あの時も、こんな風に。

 前にも、見たことがある。前にも、こんな、ことが。
 頭の中のぐちゃぐちゃした何かが、一つの何かにまとまっていく。
「……!」
 声が出ない。どうすればいいのか、どうしないといけないのか、わからない。
 あいつが顔だけでふり向いた。キレイな、ヒトらしくない目が、こっちを見ていた。

「……逃げて」

 その言葉と同時に、足を動かした。腕を精一杯のばす。
 どこかで見た光景。どこかで知った思い。
 まだぐちゃぐちゃとした頭で、それでも叫んだ。

「―――――っ!!」

 自分で、何を言っているのかわからない。頭がぐらぐらする。
 あの時、のばした先にある手は、今よりも小さかった。あの時、そこにはまだ空なんてなかった。
 あの時、あの時って、いつ?

 ――ああ、そうだ。

 のばした手が身体にふれたとき、ばらばらだった『何か』が、ようやく、一つになった。



わからなければ『幸せ』だった?
そんなの、わかってからじゃ、わからないのに

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