『それはきっと絆とかいうものではない事だけは確かで』
2008年12月5日 文章~ある捻くれ者の朝~
意識がぼんやりと覚醒し始める。目を開けて、窓の外に目をやって太陽の位置をざっと判断する。月日と照らし合わせて、いつも通りの時間という事を確認。昨夜の就寝時間は普段よりもやや遅かったが、あまり問題はなかったようだ。あのくらいで問題が出るような身体ではないが。
布団から出ようとして、外気が思っていたより冷たい事に気づいた。もうそんな時期か。まだ大丈夫だろうが、そろそろイルに注意を払わないとならなくなる。気を抜くと冬眠しやがるからな。
ぼんやりと思考し、ため息をついた。あまり出たくないが、そういうわけにもいかない。布団から抜け出て、着替えを手に取った。着替えながら、朝食をどうしようかと思考する。
こう寒くなってくると食いたくなる料理があるのだが、出身地方の方にしかない郷土料理であり、神殿の食堂には存在しない。だが、食いたいと思うと、寒い時期に一度くらいは食いに行かないと損した気分になる。
区切りのいいところまで本を読んだら、地方に食いに行くか。ここからだと遠いから、途中の町までは転移で飛ばさせるとして、その後は三日ほどかければ、地方からは少し離れてはいるが、あの料理が置いてある店もいくつかある筈だ。確か以前、地方から離れた土地にもそれなりの所があった。
とりあえず、何よりもまずは本を読むのが先か。寝台を整えてから、机に積んでおいた本を手に取る。
朝食まではまだ時間があるし、読んでも問題ないだろう。後で適当に食堂で気が向いたものを食えばいい。そう判断して、本を開いた。
~ある優しい人の午前~
目が覚めて、身体を起こす。何だか寒い。まだ夜なのかと思ったけど、多分朝、だと思う。もうこんな時期だっけ。まだ半分くらいねぼけている頭を、ゆっくり働かせる。
確か、今日は午前には予定が無かった。午後は学者の子達が戻ってくるから、その報告を受けないと。そういえば、明日からやる蔵書調査の準備が夕方頃にあるんだったっけ。それも手伝いに行かないと。
予定を一通り確認して、布団から出ようとしたとき、布団を取りにくいことに気付いた。指先の感覚が鈍くなってきている。そろそろ身体を動かすのがだるくなってくるかもしれない。そうなったら気をつけないと。
さて、午前は暇だから何か本でも読もうかな。そう決めて、着替えようと服を掴もうとした時、指がうまく曲がらない事を思い出した。これで本を読むのはちょっと大変かもしれない。
少し動いた方がいいかな、と決めて、読書はやめることにした。
さて、何をしようか。
~ある戦闘狂の昼~
買出しを終えて帰ると、丁度昼前くらいだった。食事ついでに料理長に頼まれていた物を届けようと厨房に顔を出すと、見慣れた人物がそこにいた。
「……何してるんですか?」
「あ、ブライト。料理作ったんだけど、ブライトも食べる?」
「ああ、もらえるなら食いますけど、何を悩んでるんですか?」
「どうやって持っていこうかなって」
「普通に持っていけばいいんじゃないですか?」
「いや、それがね……意外と、重くて」
鍋を前に、そう苦笑した。確かに、神殿長には少し厳しいかもしれない。
「じゃ、俺が運びますよ。どこまでですか?」
「リィンの部屋まで」
「あ、リィンに作ったんですか?」
「うーん、ただ俺が寒かったから作っただけなんだけど。でも、リィン昨日沢山本を借りていったから、多分ご飯食べないでずっと読んでるだろうなって思って」
「ああ、やりそうだ」
流石に倒れるまで無理をすることはないが、奴は一食や二食くらいは読書の為なら平然と抜かす。
届け物は一声かけて台に置き、鍋を持つ。神殿長が食器をしっかり持てたのを確認してから、歩きはじめた。セイに知られたら、羨ましがられるかもしれないな。
~かの捻くれ者の昼間~
本を閉じたとき、それまで忘れていた空腹感に気付いた。窓を覗き込むと、影が短くなっていることがわかった。もう昼らしい。本に没頭しすぎて、朝も食っていなかったことを思い出した。ついでに、旅の計画も。
流石に飯を食いに行くか、と立ち上がったとき、ノックの音が聞こえた。扉を開けると、食器を抱えたイルと鍋を持つブライトの姿があった。
「リィン、ご飯まだだろう? 一緒に食べよう?」
妙にタイミングのいい奴だ。図っているのか、と思ったが、すぐにそれはないと打ち消した。こいつはそういう策略を巡らせる事はほとんどない。
だが、少々タイミングが合いすぎて苛立つ。
「で、身体が冷えたから運動代わりに作ったのか?」
「あたり。すごいなぁ、リィンは」
本気で言っているのか。それとも、俺を馬鹿にしているのか。紛れも無く前者だとは思うが、若干むかつく。
ブライトが鍋を置いて、イルが蓋を開けた。中を覗き込む。
「……」
思わず眉をひそめた。鍋の中に入っていたのは、白いスープだった。野菜をクリーム風のスープで煮込んだもの。湯気が立っており、まだ完成からさほど時間が経っていない事を示している。
「どうかした?」
「……いや」
俺とこいつとは年代が少々ずれるが、一応同じ地方の出身だ。そしてこのスープはその地方の郷土料理だった。それも丁度、この寒くなり始めた時期によく食されるもので、更に言うなら、朝方思い出した料理だった。
「……何だかな」
よそわれたスープに手をつけるが、問題ない味だ。こういうのは村落や家庭ごとに味付けが変わってくるのだが、比較的口に合う味だった。俺とこいつは、幸いなことにと言うか不幸なことにと言うか、味覚が近い。
さて、これでは半ば立てていた旅の計画が不要になる。イルはそんな事には気付いてすらいないだろうが、俺の予定を狂わせたのだ。
「リィン、多めに作っちゃったから、おかわりあるよ?」
のんびりとそんな事を言う人形のような面を見て、一つ決めた。
「おいイル、蔵書調査が終わったら、しばらく暇と言っていたな」
「あ、うん。急ぎの仕事はこの間ほとんど片付けたし」
「ならそれが終わり次第、星屑山の麓の町に行くぞ」
「ああ、あそこの野菜、今が食べ頃だしね。行った事があるから、すぐ行けるし」
「何言ってるんだ、徒歩で行くに決まっているだろう? ここから出るのはばれると困るから仕方がないが、その後は歩きだ」
「えーと……」
イルが小首をかしげた。今度分度器で角度を測ってみよう。きっと毎回同じような角度に違いない。
「行くのに三日くらいはかかる、かな。あ、それって、旅に出るって事?」
「旅と言うほど長くはないが、まぁそうだ」
「いいね、行きたい!」
迷う事無く答えた。いや、おそらく、他に予定はないか、一応確認はしたのだろう。一応、だろうが。
「決まりだな」
「うん、楽しみだなー……」
方向も目的も違うが、これで『旅をする』という予定自体は実行可能だ。別にこうなるまで意地にならなくてもいいような気もするが、こいつに予定を狂わされたというのはやはり気に食わない。だからどうせなら、こいつの予定も狂わせてしまえばいい。
「あのさ」
ブライトが呆れたように口を挟んだ。
「一応俺がいるから、抜け出す相談とかは後でやってくれねぇ?」
「どうせお前は言わないだろ」
「まぁ言わないけどな」
「ブライト、内緒だよ」
「わかりました。それが食事代って事にしときます」
ブライトが快活に笑う。こいつのこういう距離感は割りと好ましいところであると思わなくも無い。
新たに更によそわれたスープを口に運ぶ。それはあまり口に出したくはないが、十分に『美味い』部類に入ると言えた。
おわり。
やっつけ系。イルの冬眠話も近々書く予定だったりします。
意識がぼんやりと覚醒し始める。目を開けて、窓の外に目をやって太陽の位置をざっと判断する。月日と照らし合わせて、いつも通りの時間という事を確認。昨夜の就寝時間は普段よりもやや遅かったが、あまり問題はなかったようだ。あのくらいで問題が出るような身体ではないが。
布団から出ようとして、外気が思っていたより冷たい事に気づいた。もうそんな時期か。まだ大丈夫だろうが、そろそろイルに注意を払わないとならなくなる。気を抜くと冬眠しやがるからな。
ぼんやりと思考し、ため息をついた。あまり出たくないが、そういうわけにもいかない。布団から抜け出て、着替えを手に取った。着替えながら、朝食をどうしようかと思考する。
こう寒くなってくると食いたくなる料理があるのだが、出身地方の方にしかない郷土料理であり、神殿の食堂には存在しない。だが、食いたいと思うと、寒い時期に一度くらいは食いに行かないと損した気分になる。
区切りのいいところまで本を読んだら、地方に食いに行くか。ここからだと遠いから、途中の町までは転移で飛ばさせるとして、その後は三日ほどかければ、地方からは少し離れてはいるが、あの料理が置いてある店もいくつかある筈だ。確か以前、地方から離れた土地にもそれなりの所があった。
とりあえず、何よりもまずは本を読むのが先か。寝台を整えてから、机に積んでおいた本を手に取る。
朝食まではまだ時間があるし、読んでも問題ないだろう。後で適当に食堂で気が向いたものを食えばいい。そう判断して、本を開いた。
~ある優しい人の午前~
目が覚めて、身体を起こす。何だか寒い。まだ夜なのかと思ったけど、多分朝、だと思う。もうこんな時期だっけ。まだ半分くらいねぼけている頭を、ゆっくり働かせる。
確か、今日は午前には予定が無かった。午後は学者の子達が戻ってくるから、その報告を受けないと。そういえば、明日からやる蔵書調査の準備が夕方頃にあるんだったっけ。それも手伝いに行かないと。
予定を一通り確認して、布団から出ようとしたとき、布団を取りにくいことに気付いた。指先の感覚が鈍くなってきている。そろそろ身体を動かすのがだるくなってくるかもしれない。そうなったら気をつけないと。
さて、午前は暇だから何か本でも読もうかな。そう決めて、着替えようと服を掴もうとした時、指がうまく曲がらない事を思い出した。これで本を読むのはちょっと大変かもしれない。
少し動いた方がいいかな、と決めて、読書はやめることにした。
さて、何をしようか。
~ある戦闘狂の昼~
買出しを終えて帰ると、丁度昼前くらいだった。食事ついでに料理長に頼まれていた物を届けようと厨房に顔を出すと、見慣れた人物がそこにいた。
「……何してるんですか?」
「あ、ブライト。料理作ったんだけど、ブライトも食べる?」
「ああ、もらえるなら食いますけど、何を悩んでるんですか?」
「どうやって持っていこうかなって」
「普通に持っていけばいいんじゃないですか?」
「いや、それがね……意外と、重くて」
鍋を前に、そう苦笑した。確かに、神殿長には少し厳しいかもしれない。
「じゃ、俺が運びますよ。どこまでですか?」
「リィンの部屋まで」
「あ、リィンに作ったんですか?」
「うーん、ただ俺が寒かったから作っただけなんだけど。でも、リィン昨日沢山本を借りていったから、多分ご飯食べないでずっと読んでるだろうなって思って」
「ああ、やりそうだ」
流石に倒れるまで無理をすることはないが、奴は一食や二食くらいは読書の為なら平然と抜かす。
届け物は一声かけて台に置き、鍋を持つ。神殿長が食器をしっかり持てたのを確認してから、歩きはじめた。セイに知られたら、羨ましがられるかもしれないな。
~かの捻くれ者の昼間~
本を閉じたとき、それまで忘れていた空腹感に気付いた。窓を覗き込むと、影が短くなっていることがわかった。もう昼らしい。本に没頭しすぎて、朝も食っていなかったことを思い出した。ついでに、旅の計画も。
流石に飯を食いに行くか、と立ち上がったとき、ノックの音が聞こえた。扉を開けると、食器を抱えたイルと鍋を持つブライトの姿があった。
「リィン、ご飯まだだろう? 一緒に食べよう?」
妙にタイミングのいい奴だ。図っているのか、と思ったが、すぐにそれはないと打ち消した。こいつはそういう策略を巡らせる事はほとんどない。
だが、少々タイミングが合いすぎて苛立つ。
「で、身体が冷えたから運動代わりに作ったのか?」
「あたり。すごいなぁ、リィンは」
本気で言っているのか。それとも、俺を馬鹿にしているのか。紛れも無く前者だとは思うが、若干むかつく。
ブライトが鍋を置いて、イルが蓋を開けた。中を覗き込む。
「……」
思わず眉をひそめた。鍋の中に入っていたのは、白いスープだった。野菜をクリーム風のスープで煮込んだもの。湯気が立っており、まだ完成からさほど時間が経っていない事を示している。
「どうかした?」
「……いや」
俺とこいつとは年代が少々ずれるが、一応同じ地方の出身だ。そしてこのスープはその地方の郷土料理だった。それも丁度、この寒くなり始めた時期によく食されるもので、更に言うなら、朝方思い出した料理だった。
「……何だかな」
よそわれたスープに手をつけるが、問題ない味だ。こういうのは村落や家庭ごとに味付けが変わってくるのだが、比較的口に合う味だった。俺とこいつは、幸いなことにと言うか不幸なことにと言うか、味覚が近い。
さて、これでは半ば立てていた旅の計画が不要になる。イルはそんな事には気付いてすらいないだろうが、俺の予定を狂わせたのだ。
「リィン、多めに作っちゃったから、おかわりあるよ?」
のんびりとそんな事を言う人形のような面を見て、一つ決めた。
「おいイル、蔵書調査が終わったら、しばらく暇と言っていたな」
「あ、うん。急ぎの仕事はこの間ほとんど片付けたし」
「ならそれが終わり次第、星屑山の麓の町に行くぞ」
「ああ、あそこの野菜、今が食べ頃だしね。行った事があるから、すぐ行けるし」
「何言ってるんだ、徒歩で行くに決まっているだろう? ここから出るのはばれると困るから仕方がないが、その後は歩きだ」
「えーと……」
イルが小首をかしげた。今度分度器で角度を測ってみよう。きっと毎回同じような角度に違いない。
「行くのに三日くらいはかかる、かな。あ、それって、旅に出るって事?」
「旅と言うほど長くはないが、まぁそうだ」
「いいね、行きたい!」
迷う事無く答えた。いや、おそらく、他に予定はないか、一応確認はしたのだろう。一応、だろうが。
「決まりだな」
「うん、楽しみだなー……」
方向も目的も違うが、これで『旅をする』という予定自体は実行可能だ。別にこうなるまで意地にならなくてもいいような気もするが、こいつに予定を狂わされたというのはやはり気に食わない。だからどうせなら、こいつの予定も狂わせてしまえばいい。
「あのさ」
ブライトが呆れたように口を挟んだ。
「一応俺がいるから、抜け出す相談とかは後でやってくれねぇ?」
「どうせお前は言わないだろ」
「まぁ言わないけどな」
「ブライト、内緒だよ」
「わかりました。それが食事代って事にしときます」
ブライトが快活に笑う。こいつのこういう距離感は割りと好ましいところであると思わなくも無い。
新たに更によそわれたスープを口に運ぶ。それはあまり口に出したくはないが、十分に『美味い』部類に入ると言えた。
おわり。
やっつけ系。イルの冬眠話も近々書く予定だったりします。
コメント