久々に戻ってきたリィンと、何気なく話しながら廊下を歩く。ちょっと反応を見たくなって顔をちらりと覗き、空より強い青の瞳が目に入って、ふと気付いた。ぼんやりと記憶をたどってみる。
「……イル?」
 どうやら、知らないうちに足を止めていたらしい。数歩だけ先に進んでいたリィンが訝しげに振り返った。そのリィンに一歩、二歩と近付いみて、確信した。
 それを言おうとした瞬間、背中に衝撃。それなりの質量の何かが、勢いよくぶつかってきた。なんとなく『何か』に見当が付く。身体を支えきれずに前に倒れそうになったのを、リィンが呆れたような顔で受け止めてくれた。お礼を言っている間に衝撃の原因がひょいと取り除かれる。振り返ると、呆れた顔をしたブライトと、襟首を掴まれているハザードがいた。
「こら、ハザード、いきなり飛びついたら危ないだろ」
「あう……イル、ごめんなさい」
「別にいいよ。でも、走るのは危ないから、気をつけてね」
「うん、えっと、はい」
 ブライトに抱えられたハザードが素直に首肯した。相変わらず可愛い。タックルの威力が少し上がってきているのは、成長の証なのだろうか。このままいくと、近いうちに俺が潰れてしまいそうな気がする。そうなる前に、ハザードに加減してくれるように頼もうか。それとも、俺も鍛えた方がいいのかな。
「おい」
 不機嫌そうな近い声。ああ、やっぱりそうだ。改めて納得してから、今どんな体勢だったかを思い出した。よくこれまで放り出されなかったな、とちょっと感動してみる。そんな事を思っている間に投げられそうなので、礼を言って自力で立った。まだちょっと背中に変な感覚がある。
 それを気にしないようにして、リィンを真っ直ぐに見る。不機嫌そうな顔には、少し疑問の色が浮かんでいた。気付いた事を口に出してみる事にした。
「リィンって、背が伸びたよね」
「……そうか?」
 リィンは眉間にしわを寄せて少し考えこんだ。やがて俺の全身を眺めて、納得したように首肯した。
「言われてみると、確かにそうだな」
「ね。もう俺と同じくらいだ。もう少しで抜かされるかな」
 去年くらいまでは、頭半分くらいは俺の方が高かったのに。そう思うと、少しだけ寂しかった。
「ああ、そう言われてみると、確かに伸びてるな。この半年くらいで一気に伸びたんじゃないか?」
「うちの地方はそういう感じの成長をするからね。十代後半くらいまではわりとゆっくりなんだけど、途中ある時期で一気に伸びるんだ。人によっては、一月くらいで頭ひとつ分くらい伸びたりするんだけど。そういう人って、膝とかが結構痛むみたいだった」
「ああ、そういえば二人は出身地が近いんでしたっけ」
「うん」
 だから料理とかも比較的合う。時代による民話の違い、なんて話もできたりするので、ちょっと楽しい。ついでに一つ思い出す。
「うちの地方の男の中だと、俺は平均より少し下くらいなんだよ。リィンはまだまだ伸びそうだね。ちょっと羨ましいな」
「へぇ、そうなのか。神殿長、結構背が高い方だと思ってましたけど」
 確かに、世界平均よりは少し高かったりする。だからブライトの認識も、決して間違ってはいないのだろう。そんな俺よりもブライトはずっと大きいけど。
 不意にくい、と腕を引かれた。視線を下げると、ハザードがじっと赤い瞳を向けてきた。
「僕も大きくなれる?」
「うーん……ハザードの出身地からすると、俺くらいまで大きくなるのかな。平均的には」
「ほんと?」
「あくまで平均だろう?」
 リィンがさらりと言ってハザードの希望を砕いた。ちょっと大人気ないとは思うけれど、間違った事を言っているわけではないので対処に困る。確かに保証はどこにもないわけだし。
「しかし、リィンはどこまででかくなるんだろうな」
 ブライトが、少し楽しげに言った。人生の後輩の成長が楽しいのかもしれない。俺もちょっと楽しくなって、尋ねてみた。
「希望はどれくらい? ブライトくらい大きくなりたい?」
「別にそんなにいらねぇな。もうこのくらいでいいような気もするが……まぁ高くても不便にはならないだろうし、高い棚の本をとりやすくなりそうだな」
 リィンの場合、基準はどうしてもそこらしい。それがリィンらしいと言えば、そうなんだけど。
 少し笑いながらリィンの顔を眺める。どうしても、空より強い青の瞳に目がいってしまうけれど、顔立ちもかなり大人びてきているようだった。今まで、あまり意識はしなかったけど。
「リィンは、だいぶ大人っぽくなったなぁ」
「まぁ子供っぽくはならないからな」
「それはそうだけど」
「いや、ハザードなら幼児化が進むかもしれないな」
「あう?」
「リィン、それはちょっと酷い」
「……ん?」
 ブライトが、不意に声を上げた。どうしたんだろう。
「へぇ、二人って身長は殆ど同じくらいなわりに、体格がかなり違うな」
「え? そうかな?」
 見比べてみると、リィンの方が少し肩幅が広くて、筋肉も付いているので結構しっかりした身体だ。俺はひょろっとしている。
「やっぱり鍛えてると違うね」
「俺からするとリィンもわりと細身の方だと思ってたんですが」
「基準を戦士組においていればな」
「ああ、そうか。って事は、鍛えてないとこんな感じになるのか?」
「いや、こいつは華奢な部類に入るだろう。街中の普通の奴らも、こんなに細い奴はそうそういない」
「えー? そうかなぁ……」
 あまり意識したことが無い。それに、よく見比べようと思わないと、自分と比べてどうか、なんてよくわからない。
 ふと思いついて、リィンの腕をそっと触ってみる。服越しでも、しっかりした腕なのがよくわかった。流石に、ブライトみたいに、とはいかないけど。
 それから、ふと気付いて手を止める。
「どうした?」
「ううん、なんでもない」
 そういえば勝手に触っても怒らなくなったな、と思ったのは秘密にしておこう。言った途端にきっと凄く嫌そうな顔をするから。



 いつでも、世界は気づかぬ間に変わっているようだった。



おわり



リィンの外見の成長と中身の成長。後者はちょっとだけ心が広くなったと言うことで。

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