仕事が片付いて、一息ついた。ぐぐっと身体を伸ばすと、少しすっきりしたような気分になる。一息ついて、ちらりと時計を見て、今が昼過ぎだと知る。それなりの時間、座りっぱなしになっていたのか。流石に少し疲れたような気がする。
少し考えて、適当に紙を引っ張り出した。ペンで軽く書きつけて、文章を読み直して、問題がない事を確認してから机の上に置こうとして、思いとどまる。その前に、やる事があった。ポケットに突っ込んで、少し考える。
とりあえず、逃げるのは全部終わらせてからだ。
「ブライト、この後、時間あるか?」
ハルの唐突な問いに、少し戸惑いつつ頷いた。特に任務がある時以外は自己鍛錬のみなので基本的に時間はある。自己鍛錬にしても、今日はハルとの実戦訓練をつめたのでなかなか充実していたといえるだろう。途中で加減を忘れそうになった事は、少々悪いとは思ったが。
「それなら、神殿長を誘って散歩に行ってくれないか?」
「別にいいが……何でだ?」
「そろそろ、仕事を終えられる頃だからな。退屈だからとか言って勝手に散歩に行きかねない。そうなる前に、気晴らしに付き合って差し上げて欲しいんだ」
俺よりも長い間神殿に勤めているハルは、流石にかなり神殿長の行動をわかっているようだった。
「それなら構わないが、お前が行けばいいんじゃないか?」
「学者の手伝いが入った」
「あー、なるほどな」
それなら仕方が無い、と思った時、白い塊が転がるように駆け寄ってきた。考えるまでもなく、ハザードだ。いつも通り表情に乏しい顔に、少し焦りのようなものが見えるような気がする。
「ブライト、ハル、あのね、イルがいないの!」
「は?」
「あう、えっと、えっとね、おひるごはんはいっしょにたべて、えっと、おやつの時間だよってイルにおしえてってライトにおねがいされて、でも、いなくて、手紙があったの」
拙い言葉と共にハザードが差し出した紙に目を落とし、ハルと二人顔を見合わせて苦笑した。
「……間に合わなかったな」
「だな」
その紙の切れ端には、『ちょっと遊びに行ってきます。書類は机に置いておくね』と書きつけられていた。
とりあえず、おろおろするハザードを宥めようとした時、軽快な足音が近付いてきた。
「ねぇねぇ、リィンを見なかった? ちょっと用事があるのに、見つかんないんだ。お昼にはいたんだけど」
よく通る美声が告げた新たな状況。再びハルと顔を見合わせた。
「……また、か」
「また、だろうな」
「リムドに知らせるか?」
「面倒だしいいんじゃないか? ま、こっちで何とかするから、ハルは行って来い」
「おう、頼んだ」
仕事に向かうハルを見送り、泣きそうなハザードの頭を軽く撫でる。セイはハザードから事情を説明されたようだが、楽観的だった。
「大丈夫だよ、ハザード! リィンが一緒なら安心だからね!」
「あう……でも、リィンね、イルにいじわるすること、あるよ?」
「でも、二人とも仲良しだから大丈夫だよ! ハザードだって、リィンにいじわるされてもリィン嫌いじゃないでしょ?」
「うん……でも、いじわるはイヤ」
微笑ましいやり取りに、思わず噴出した。二人はきょとん、としている。
「とりあえず、手を打っとくか。二人とも手伝うか?」
「お手伝いするっ!」
「するー」
お子様達を引き連れて、少し考える。とりあえず、協力者を見つけるか。
通りすぎる風が心地良い。本を読む事は決して苦ではないが、長時間続けていると外の空気を吸いたくなる事もある。小高い丘から見下ろす街は積み木細工のようで、どこか現実味に欠けていた。
「ここでいいかな、リィン」
柔らかな声に振り返ると、イルが籠を手に佇んでいた。風に靡く長い髪を軽くおさえている。随分と髪が伸びたな、と思う。
「ん? リィン、ちょっと髪伸びた?」
奴もこちらに対して同じ事を思ったらしい。何となく腹が立つが、確かに俺も髪は伸びてきているようだった。長くなってきた前髪が少し鬱陶しい。
「……明日にでも切るか」
「リィンも伸ばしてみれば? 髪を弄るの、好きみたいだし」
「面倒だ」
長くなれば、手入れも必要になる。この馬鹿は特にそういうものを必要とはしていないようなのだが。第一、自分の髪をいじったところで面白くはない。
「別に、お前が伸ばしていれば事足りる」
「それはそうかもしれないけど、俺だって髪を切るかもしれないよ」
「お前がか?」
眉を顰め、想像してみる。思えば、最初に会った時からこいつは髪が長かった。一番短かった時でも背の中ほどまではあった筈だ。ゆえに、こいつの髪の短い姿というのは、うまく想像ができない。
「……お前に短髪は似合わないだろ」
「そう? リィンが言うならそうなのかな」
髪を一房掴み、首を傾げた。試しに切ってみようとか言いかねないので、優先事項を告げる事にする。
「いいから、とっとと食うぞ」
「あ、そっか」
適当なところに腰を下ろし、イルが持っていた籠を取り上げて開ける。隣から伸びた白い手が水筒を掴んだので、俺は包みを取り出す。包みを広げて中に入っていた焼き菓子を一つ口に運ぶ。噛み砕くと風味が広がり、慣れ親しんだ味が舌に伝わった。飲み込んだ時、湯気を立てるカップを手渡された。熱い茶をそのまま飲んで、一つ息をつく。
「セイやハザードも連れてくれば喜んだかな。あ、でも、ハザードは日差しが駄目か」
「騒がしいのを連れて、休憩などできるか?」
「仕事から離れてれば休憩だよ。俺にとっては」
柔らかな笑みを浮かべて、イルも一つ焼き菓子を手に取った。執務室をこっそりと抜け出ようとしていたイルを見つけたのが、ここに来たきっかけだ。気晴らしをしたいと言うイルに、茶と菓子を持ってこの丘に来る事を提案したのは俺だったが。
「ここに来る事は伝えてあるのか?」
「ちゃんと『ちょっと遊びに行ってくる』って置手紙はしたよ」
「いつ戻るとかは書いたのか?」
「書いてないよ。書いた時にいつ戻るか考えてなかったから」
こいつはこういう奴だ。確定できなければ言わないし書かない。だから、約束を破るという事は滅多にない。『ちょっと』などと書いていても、こいつの時間感覚はよくわからないのであまり参考にはならない。探す立場からすれば、面倒な事この上ないだろう。
まあ、俺には無縁の話だ。
「リィン、いつくらいに帰りたい?」
「……夕食後くらいでいいだろう。間食していれば夕食の時間はずらせる」
「ああ、夕飯時に行っても混んでるからなぁ」
のんびりと笑うが、考えてみればこいつは最高権力者だ。何故食堂で律儀に待つのだろう。代々の神殿長は混乱を避ける為にも自室に運ばせていたという。こいつも自室で食う事がたまにあるが、それは大抵自分で作った時だ。そういえば、最初は料理長もこいつが調理するのを必死に止めていたが、もう諦めたらしく、「火と包丁に気をつけてくださいね」と注意して許容するようになった。良くも悪くも、こいつの代でこれまでの『神殿』とは変わってきているのだろう。
「リィン、考え事?」
「お前も少しは何か考えたらどうだ?」
「あ、失礼な! 考えてるよ、今日の夕飯何にしようかな、とか!」
「……ずっとそれを考えていたわけじゃないだろうな?」
「ん、ああ。一応、色々考えてたら、最終的に夕飯に行き着いたって感じ」
「最初に何を考えていたんだ?」
こいつの事だから、多分夕飯とは関係のない事だろう。イルは思考を飛ばしていく癖がある。俺も多少その癖はあるのだが。
「ハザードの役職、どこがいいかなぁって」
「少年の?」
「そう。一般常識とか一通り学び終えたら、専門的な事を学ぶ事になるけど、急に選べって言っても、ハザードには難しいかもしれないし。だから、どういう役職があって、どういう事をするもので、どういう事を学ぶのか、説明できるようにしておきたいなって」
茶を吹いて冷ましながら、イルはぼんやり視線をさまよわせた。
「お前が考えるのか?」
「だって、他に任せられそうな人いないよ? セイもまだ子供だし、ハルやブライト達は戦士系だから学者系の説明には向かないだろうし、リィンは多分面倒がってやらないし」
確かにその通りだが、言われると腹が立つ。頬を引っ張って暫く痛めつけてやると、慌てたような謝罪が飛んできた。とりあえず解放しておく。
「それで、その前にやらなきゃいけない事があるって思い出して」
「まさかそこから夕飯に飛ぶのか?」
「違うよ、ハザードの指輪に刻む能力の事」
「ああ、そういえばまだ帰還能力しかつけてなかったな」
だが、アレは大体役職が決まってから刻むものだ。その役職に合った能力を刻む方が、効率がいい。それを指摘すると、イルは首肯した。
「そうなんだけど、何をするにしてもハザードにはハンデがあるから」
「ああ……」
学者にせよ、戦士にせよ、外を出歩く事は少なくない。だが、ハザードは太陽光に弱い。日除けなどでどうにかできてはいるが、場合によっては日除けを堂々と着用できない事もある。
「過去の記録とか、一応調べてみて、何となくつかめてきたんだけど……まだまだ完璧には遠いんだ。少し改良した方がよさそうだし」
「そうか」
人がいいにも程があると思うが、面倒なので口には出さない。イルは困ったような顔に、苦笑を刻んだ。
「それで、改良の事を考えてたら、そういえばこの前見つけたレシピはそのまま作ったら何か物足りなかったから手を加えようと思ってた事を思い出して、暫く考えてる内に、これを夕飯にしようかなって考え始めて……」
そこから夕食に飛ぶのか。少し呆れて、イルの頭をはたく。まあ、こいつらしいといえばこいつらしい。
「で、結局作るのか?」
「そうしようかなと思ってる。リィンも食べる?」
「そうだな。残されたら食材が哀れだ」
「うっ……ちゃんと、考えて作るよ」
二つ目を食べ終えて以降焼き菓子に手が伸びないイルは、拗ねたように茶を飲んだ。それを横目に焼き菓子を摘んで、口に放る。街などで売られている菓子よりもイルの作る菓子の方が気に入っている事は、本人には言った事もないし言うつもりもない。だが、態々作るという事は、何となくわかっているのだろう。他の料理に関してもそうだ。一般向けに味付けされたものよりも、慣れ親しんだ味に近いイルの味付けの方が合う。
「何か眠くなってきたなぁ……」
「お前は子供か」
突っ込むとイルは笑って、空を見上げた。つられるように空を見上げる。いつもより少しだけ濃く感じる、青。視線を感じて、目をイルに向けた。薄い紫の瞳がじっとこちらを向いていた。
「やっぱり、リィンの瞳の方が強い青だ」
そう言って笑った。何となく腹が立って、髪をかき乱す。抗議の声を聞き流して、空を見上げた。
こういうのも、たまには悪くない。そんな事を思いながら。
おわり
懺悔ほのぼの。この二人は何となくこういう淡々とした話だと書きやすいです。
少し考えて、適当に紙を引っ張り出した。ペンで軽く書きつけて、文章を読み直して、問題がない事を確認してから机の上に置こうとして、思いとどまる。その前に、やる事があった。ポケットに突っ込んで、少し考える。
とりあえず、逃げるのは全部終わらせてからだ。
「ブライト、この後、時間あるか?」
ハルの唐突な問いに、少し戸惑いつつ頷いた。特に任務がある時以外は自己鍛錬のみなので基本的に時間はある。自己鍛錬にしても、今日はハルとの実戦訓練をつめたのでなかなか充実していたといえるだろう。途中で加減を忘れそうになった事は、少々悪いとは思ったが。
「それなら、神殿長を誘って散歩に行ってくれないか?」
「別にいいが……何でだ?」
「そろそろ、仕事を終えられる頃だからな。退屈だからとか言って勝手に散歩に行きかねない。そうなる前に、気晴らしに付き合って差し上げて欲しいんだ」
俺よりも長い間神殿に勤めているハルは、流石にかなり神殿長の行動をわかっているようだった。
「それなら構わないが、お前が行けばいいんじゃないか?」
「学者の手伝いが入った」
「あー、なるほどな」
それなら仕方が無い、と思った時、白い塊が転がるように駆け寄ってきた。考えるまでもなく、ハザードだ。いつも通り表情に乏しい顔に、少し焦りのようなものが見えるような気がする。
「ブライト、ハル、あのね、イルがいないの!」
「は?」
「あう、えっと、えっとね、おひるごはんはいっしょにたべて、えっと、おやつの時間だよってイルにおしえてってライトにおねがいされて、でも、いなくて、手紙があったの」
拙い言葉と共にハザードが差し出した紙に目を落とし、ハルと二人顔を見合わせて苦笑した。
「……間に合わなかったな」
「だな」
その紙の切れ端には、『ちょっと遊びに行ってきます。書類は机に置いておくね』と書きつけられていた。
とりあえず、おろおろするハザードを宥めようとした時、軽快な足音が近付いてきた。
「ねぇねぇ、リィンを見なかった? ちょっと用事があるのに、見つかんないんだ。お昼にはいたんだけど」
よく通る美声が告げた新たな状況。再びハルと顔を見合わせた。
「……また、か」
「また、だろうな」
「リムドに知らせるか?」
「面倒だしいいんじゃないか? ま、こっちで何とかするから、ハルは行って来い」
「おう、頼んだ」
仕事に向かうハルを見送り、泣きそうなハザードの頭を軽く撫でる。セイはハザードから事情を説明されたようだが、楽観的だった。
「大丈夫だよ、ハザード! リィンが一緒なら安心だからね!」
「あう……でも、リィンね、イルにいじわるすること、あるよ?」
「でも、二人とも仲良しだから大丈夫だよ! ハザードだって、リィンにいじわるされてもリィン嫌いじゃないでしょ?」
「うん……でも、いじわるはイヤ」
微笑ましいやり取りに、思わず噴出した。二人はきょとん、としている。
「とりあえず、手を打っとくか。二人とも手伝うか?」
「お手伝いするっ!」
「するー」
お子様達を引き連れて、少し考える。とりあえず、協力者を見つけるか。
通りすぎる風が心地良い。本を読む事は決して苦ではないが、長時間続けていると外の空気を吸いたくなる事もある。小高い丘から見下ろす街は積み木細工のようで、どこか現実味に欠けていた。
「ここでいいかな、リィン」
柔らかな声に振り返ると、イルが籠を手に佇んでいた。風に靡く長い髪を軽くおさえている。随分と髪が伸びたな、と思う。
「ん? リィン、ちょっと髪伸びた?」
奴もこちらに対して同じ事を思ったらしい。何となく腹が立つが、確かに俺も髪は伸びてきているようだった。長くなってきた前髪が少し鬱陶しい。
「……明日にでも切るか」
「リィンも伸ばしてみれば? 髪を弄るの、好きみたいだし」
「面倒だ」
長くなれば、手入れも必要になる。この馬鹿は特にそういうものを必要とはしていないようなのだが。第一、自分の髪をいじったところで面白くはない。
「別に、お前が伸ばしていれば事足りる」
「それはそうかもしれないけど、俺だって髪を切るかもしれないよ」
「お前がか?」
眉を顰め、想像してみる。思えば、最初に会った時からこいつは髪が長かった。一番短かった時でも背の中ほどまではあった筈だ。ゆえに、こいつの髪の短い姿というのは、うまく想像ができない。
「……お前に短髪は似合わないだろ」
「そう? リィンが言うならそうなのかな」
髪を一房掴み、首を傾げた。試しに切ってみようとか言いかねないので、優先事項を告げる事にする。
「いいから、とっとと食うぞ」
「あ、そっか」
適当なところに腰を下ろし、イルが持っていた籠を取り上げて開ける。隣から伸びた白い手が水筒を掴んだので、俺は包みを取り出す。包みを広げて中に入っていた焼き菓子を一つ口に運ぶ。噛み砕くと風味が広がり、慣れ親しんだ味が舌に伝わった。飲み込んだ時、湯気を立てるカップを手渡された。熱い茶をそのまま飲んで、一つ息をつく。
「セイやハザードも連れてくれば喜んだかな。あ、でも、ハザードは日差しが駄目か」
「騒がしいのを連れて、休憩などできるか?」
「仕事から離れてれば休憩だよ。俺にとっては」
柔らかな笑みを浮かべて、イルも一つ焼き菓子を手に取った。執務室をこっそりと抜け出ようとしていたイルを見つけたのが、ここに来たきっかけだ。気晴らしをしたいと言うイルに、茶と菓子を持ってこの丘に来る事を提案したのは俺だったが。
「ここに来る事は伝えてあるのか?」
「ちゃんと『ちょっと遊びに行ってくる』って置手紙はしたよ」
「いつ戻るとかは書いたのか?」
「書いてないよ。書いた時にいつ戻るか考えてなかったから」
こいつはこういう奴だ。確定できなければ言わないし書かない。だから、約束を破るという事は滅多にない。『ちょっと』などと書いていても、こいつの時間感覚はよくわからないのであまり参考にはならない。探す立場からすれば、面倒な事この上ないだろう。
まあ、俺には無縁の話だ。
「リィン、いつくらいに帰りたい?」
「……夕食後くらいでいいだろう。間食していれば夕食の時間はずらせる」
「ああ、夕飯時に行っても混んでるからなぁ」
のんびりと笑うが、考えてみればこいつは最高権力者だ。何故食堂で律儀に待つのだろう。代々の神殿長は混乱を避ける為にも自室に運ばせていたという。こいつも自室で食う事がたまにあるが、それは大抵自分で作った時だ。そういえば、最初は料理長もこいつが調理するのを必死に止めていたが、もう諦めたらしく、「火と包丁に気をつけてくださいね」と注意して許容するようになった。良くも悪くも、こいつの代でこれまでの『神殿』とは変わってきているのだろう。
「リィン、考え事?」
「お前も少しは何か考えたらどうだ?」
「あ、失礼な! 考えてるよ、今日の夕飯何にしようかな、とか!」
「……ずっとそれを考えていたわけじゃないだろうな?」
「ん、ああ。一応、色々考えてたら、最終的に夕飯に行き着いたって感じ」
「最初に何を考えていたんだ?」
こいつの事だから、多分夕飯とは関係のない事だろう。イルは思考を飛ばしていく癖がある。俺も多少その癖はあるのだが。
「ハザードの役職、どこがいいかなぁって」
「少年の?」
「そう。一般常識とか一通り学び終えたら、専門的な事を学ぶ事になるけど、急に選べって言っても、ハザードには難しいかもしれないし。だから、どういう役職があって、どういう事をするもので、どういう事を学ぶのか、説明できるようにしておきたいなって」
茶を吹いて冷ましながら、イルはぼんやり視線をさまよわせた。
「お前が考えるのか?」
「だって、他に任せられそうな人いないよ? セイもまだ子供だし、ハルやブライト達は戦士系だから学者系の説明には向かないだろうし、リィンは多分面倒がってやらないし」
確かにその通りだが、言われると腹が立つ。頬を引っ張って暫く痛めつけてやると、慌てたような謝罪が飛んできた。とりあえず解放しておく。
「それで、その前にやらなきゃいけない事があるって思い出して」
「まさかそこから夕飯に飛ぶのか?」
「違うよ、ハザードの指輪に刻む能力の事」
「ああ、そういえばまだ帰還能力しかつけてなかったな」
だが、アレは大体役職が決まってから刻むものだ。その役職に合った能力を刻む方が、効率がいい。それを指摘すると、イルは首肯した。
「そうなんだけど、何をするにしてもハザードにはハンデがあるから」
「ああ……」
学者にせよ、戦士にせよ、外を出歩く事は少なくない。だが、ハザードは太陽光に弱い。日除けなどでどうにかできてはいるが、場合によっては日除けを堂々と着用できない事もある。
「過去の記録とか、一応調べてみて、何となくつかめてきたんだけど……まだまだ完璧には遠いんだ。少し改良した方がよさそうだし」
「そうか」
人がいいにも程があると思うが、面倒なので口には出さない。イルは困ったような顔に、苦笑を刻んだ。
「それで、改良の事を考えてたら、そういえばこの前見つけたレシピはそのまま作ったら何か物足りなかったから手を加えようと思ってた事を思い出して、暫く考えてる内に、これを夕飯にしようかなって考え始めて……」
そこから夕食に飛ぶのか。少し呆れて、イルの頭をはたく。まあ、こいつらしいといえばこいつらしい。
「で、結局作るのか?」
「そうしようかなと思ってる。リィンも食べる?」
「そうだな。残されたら食材が哀れだ」
「うっ……ちゃんと、考えて作るよ」
二つ目を食べ終えて以降焼き菓子に手が伸びないイルは、拗ねたように茶を飲んだ。それを横目に焼き菓子を摘んで、口に放る。街などで売られている菓子よりもイルの作る菓子の方が気に入っている事は、本人には言った事もないし言うつもりもない。だが、態々作るという事は、何となくわかっているのだろう。他の料理に関してもそうだ。一般向けに味付けされたものよりも、慣れ親しんだ味に近いイルの味付けの方が合う。
「何か眠くなってきたなぁ……」
「お前は子供か」
突っ込むとイルは笑って、空を見上げた。つられるように空を見上げる。いつもより少しだけ濃く感じる、青。視線を感じて、目をイルに向けた。薄い紫の瞳がじっとこちらを向いていた。
「やっぱり、リィンの瞳の方が強い青だ」
そう言って笑った。何となく腹が立って、髪をかき乱す。抗議の声を聞き流して、空を見上げた。
こういうのも、たまには悪くない。そんな事を思いながら。
おわり
懺悔ほのぼの。この二人は何となくこういう淡々とした話だと書きやすいです。
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