また目がちかちかする。イルが頭をなでなでしてくれた。うれしい。
「ハザード、大丈夫?」
「うん」
「ここ、誰かの私室みたいな感じだね。本棚も机もあるし、寝台まであるし。ハザード、辛いならちょっと休む?」
「ううん。もうだいじょうぶ」
ちかちかもなおった。もうちかちかしてない。イルの顔も、ちゃんと見えた。きょろきょろして、だれもいないってわかった。
「他の子達とは離れ離れになったみたいだね。あの時近くにいたグループで分かれたんだとすると……リィンはライトと一緒かも」
「あう?」
リィンとライトはあんまりなかよしじゃない。よくケンカする。
「ケンカしちゃう?」
「大丈夫だよ。あの二人は何だかんだで……あれ? この本棚……」
イルはきょとんとして、本だなを見た。さわったりしてる。
「んー……無理かな。何かありそうなんだけど……うん? これは……」
イルは本だなの上からノートをとって、それを見ている。僕も見ようと思ったけど、むずかしくてわからない。
ブライトとかライトが言ってたことを思いだした。イルをまもるのが、僕たちのおしごと。今は僕しかいないから、僕がイルをまもらなきゃ。でも、僕でちゃんとイルのことまもれるかな。
「ハザード、どうかした? やっぱり辛い?」
イルは頭をなでなでしてくれる。イルはやさしい。でも、頭をなでなでしてくれるのは、子どもだからだってリィンが言ってた。子どもでも、イルをまもれるかな。
<……何やってんの?>
フィアスの声。今までねてたのかな。
あ、そうだ。
かつての神殿長が遺したらしい冊子を読み進めていると、突然ハザードの雰囲気が変わった。何回かあったことなので、もう何があったのかはわかってる。
「フィアス、どうしたの?」
「ハザードに頼まれた」
「何を?」
「いつも通りよくわからなかった。僕の方が強いから代わってって」
フィアスは首を傾げている。フィアスとハザードはあまり意志の疎通が出来ていないらしい。結構仲良しさんだと思っていたんだけど。まあ、疎通があまり出来なくても仲良くなれるか。
「何読んでるの?」
「かつての神殿長が遺した物なんだけど……うーん、日記かと思ったんだけど、ちょっと違うみたいだね」
フィアスはひょこりと覗いてきた。挙動はハザードと似ている。
「……なんて書いてあるの? これ、習ってる文字じゃないよね」
「うん。これはかつての神殿長の出身地の言語だろうね。結構昔のだからちょっと変わってきているかもしれないけど、ライトの地方が近いんじゃないかな」
「ふーん。何か、カクカクしてる」
フィアスの感想は素直なものだ。確かに、この地方の言語は文字で書くと結構角ばった文字が多い。俺やリィンの出身地方の文字は全体的に丸みを帯びているので、新鮮味があって面白いし、ちょっとカッコイイと思う。
「何て書いてあるの?」
「うーん……まだ途中だから何ともいえないんだけど、今のところ凄く自虐的な事ばかり書いてある。『どうしてこんな虚弱な僕が選ばれたんだろう。もっと健康な人ならみんなが安心できたのに。』みたいな感じで」
「……暗い人だったの?」
「病弱だったっていう話は聞いたけど、暗い人だっていう話は特に聞いた事が無いかな。もしかしたら、表面的には明るく振舞ってただけかもしれないけど」
「どうして明るい人のふりをするの?」
その直球な疑問に、すぐに答える事ができなかった。わからなかったからじゃなくて、わかってしまうから。
「……みんなに心配かけちゃいけないからだよ」
答えて、フィアスの頭を撫でる。この記述者は辛かったのだろう。明るく振る舞おうと、身体を壊していては心配を拭い去る事はできない。それでも暗い顔を見せてしまうわけにはいかないのだから。
「『神殿長』も大変だね」
フィアスは、寝台に腰掛けて断じた。
「どんな仕事も基本的には大変だと思うよ。仕事に打ち込む人が大変だと思うかどうかは別として。ある人には大変で辛い仕事も、他の人にとっては苦にならない仕事だったりもするし。合う合わないっていうのは、やっぱりあるんじゃないかな」
神殿にいる子の中でも、結構違いは出ている。ブライトは盗賊の討伐や害獣の討伐に行くのを楽しんでいるけれど、ライトはどちらかというと探索の方が好きらしい。セイは冒険に憧れてはいるけれど、やっぱり歌うのが一番好きで、他の国との交流の合唱はいつも張り切っている。
フィアスが、大きな赤い瞳をこちらに向けて首を傾げた。
「……それじゃ、イ……イルの、仕事は大変?」
俺は答えず、フィアスの頭をそっと撫でた。
頭をなでられるのはキライじゃない。答えてくれなかったけど、なんだか少しさびしそうな顔をしていた。だから、これ以上は聞かない方がいいんだろう。
しばらくして真剣な顔で本を読みはじめたから、邪魔はしない方がいいみたいだった。
でも、どうしてハザードは僕に代わったんだろう。さっき起きたばかりで、何があったのかわからない。ちゃんと説明してくれればいいのに、と思ったけど、ハザードにはまだ難しいのかもしれない。
邪魔はできないけど、ヒマなのはキライ。何か僕でも読める本がないかな。まだ子ども向けの本くらいしか読めないけど。
本棚を見て、何か変な気がした。リィン達の本棚にあるのと、ちょっと違う。棚の端をつかんでみると、ちょっとぐらぐらしてる。倒れるかな、と思ったけど、倒れたりはしないみたいだった。
「よいしょ……」
力を入れると、簡単に動いた。ごりごり、と音がする。
「うわ……凄い。力持ちだね」
そんなに力を入れてない。そう言う前に、笑顔でイルが続けた。
「俺もさっき頑張ったんだけど、全然動かなくてね」
「……力、ないね」
「う……まあ、そうなんだけど……あれ?」
イルは、本棚を動かしたあとを見て、きょとんとしている。僕もそっちを見て、ちょっとわからなくなった。
「……本棚?」
「本棚で本棚を隠すっていうのもなかなか面白いけどね」
「こういう時って、かくし扉があるんじゃないの?」
冒険みたいで、ちょっとわくわくしてたのに。
「ここにある本はそっちの本棚に入ってるのよりもちょっと古い本が多いみたいだね。隠す為じゃなくて保護する為だったのかも。或いは両方かな」
奥の本棚の本は、ぼろぼろなのもあった。さわると壊れそうで、ちょっと怖い。
「……この辺りが日記かな」
「日記……」
日記はたしか、ヒトが一日のことを書くものだ。毎日書くものらしい。ハザードも文字の練習に書き始めているけど、僕も半分書いてる。リィンは、僕の字の方がハザードの字より『まだマシ』だと言っていた。多分、ほめられてない。
ハザードは小さいから、高いところはよく見えない。目の高さにある本を見て、変な物に気づいた。
「ねえ、手紙があるよ」
「手紙? あ、本当だ」
本と本の間に、封筒がはさまってる。イルはそれを取った。キレイな手。ハザードの手は、ちょっと傷があったり、ぼこっとしてたりする。
「封はしてないね。差出人の名前も無い」
「手紙は誰かに送るものじゃないの?」
「普通はね。これは書置きみたいな物かな」
「かきおき?」
「俺がお出かけする時に残しておくような手紙だよ」
そういえば、リィンと遊びにいく、とか書いた紙を見つけて、よくハザードがめそめそしてたっけ。それが、『かきおき』か。
「或いは、出せなかった手紙っていう事も考えられるけどね」
「出せなかった? どうして?」
「色々考えられるけどね。手紙を書いたはいいけど相手の住所がわからないとか、書いてみたけどいざ送るとなるとちょっと恥ずかしいとか」
イルは封筒を開けた。他にも手紙はないのかな。背伸びしたりしゃがんだりして探してみるけど、見つからない。
「……どっちかというと、書置きに近いものだね。でも、この内容からすると他にも同じような手紙があるはずなんだけど」
「本棚見たけど、他にははさまってなさそう」
「うーん、でも、ここのどこかにあるとは思うんだけどね」
「どうして?」
イルが、面白そうに笑った。
「うん、この部屋から出られそうに無いからね」
「……それって、閉じ込められたってこと?」
これは、『きんきゅうじたい』というものじゃないのかな。
「そこを見てごらん?」
イルが指さしたのは、壁。長い四角の、ちょうどドアみたいな大きさの部分が他とちがう色になってる。
「一種の隠し扉だと思うんだけどね。何かをしたら扉が出来るんだと思う。その為に、この手紙が役に立ちそうなんだけど」
「まだわからない?」
「うん。だから、この部屋を探そう。フィアスも協力してくれるよね?」
「やる!」
前にハザードが『冒険小説』というのを読んでたとき、こんなことがあった。閉じこめられた部屋から逃げ出すシーンが、とても面白かった。
「よーし、それじゃ、早速いってみよう!」
「おー!」
冒険ゴッコは初めてだ。いつもハザードは神殿で冒険ゴッコしてるし、今日くらいは僕が冒険ゴッコしてもいいよね?
<続く>
「ハザード、大丈夫?」
「うん」
「ここ、誰かの私室みたいな感じだね。本棚も机もあるし、寝台まであるし。ハザード、辛いならちょっと休む?」
「ううん。もうだいじょうぶ」
ちかちかもなおった。もうちかちかしてない。イルの顔も、ちゃんと見えた。きょろきょろして、だれもいないってわかった。
「他の子達とは離れ離れになったみたいだね。あの時近くにいたグループで分かれたんだとすると……リィンはライトと一緒かも」
「あう?」
リィンとライトはあんまりなかよしじゃない。よくケンカする。
「ケンカしちゃう?」
「大丈夫だよ。あの二人は何だかんだで……あれ? この本棚……」
イルはきょとんとして、本だなを見た。さわったりしてる。
「んー……無理かな。何かありそうなんだけど……うん? これは……」
イルは本だなの上からノートをとって、それを見ている。僕も見ようと思ったけど、むずかしくてわからない。
ブライトとかライトが言ってたことを思いだした。イルをまもるのが、僕たちのおしごと。今は僕しかいないから、僕がイルをまもらなきゃ。でも、僕でちゃんとイルのことまもれるかな。
「ハザード、どうかした? やっぱり辛い?」
イルは頭をなでなでしてくれる。イルはやさしい。でも、頭をなでなでしてくれるのは、子どもだからだってリィンが言ってた。子どもでも、イルをまもれるかな。
<……何やってんの?>
フィアスの声。今までねてたのかな。
あ、そうだ。
かつての神殿長が遺したらしい冊子を読み進めていると、突然ハザードの雰囲気が変わった。何回かあったことなので、もう何があったのかはわかってる。
「フィアス、どうしたの?」
「ハザードに頼まれた」
「何を?」
「いつも通りよくわからなかった。僕の方が強いから代わってって」
フィアスは首を傾げている。フィアスとハザードはあまり意志の疎通が出来ていないらしい。結構仲良しさんだと思っていたんだけど。まあ、疎通があまり出来なくても仲良くなれるか。
「何読んでるの?」
「かつての神殿長が遺した物なんだけど……うーん、日記かと思ったんだけど、ちょっと違うみたいだね」
フィアスはひょこりと覗いてきた。挙動はハザードと似ている。
「……なんて書いてあるの? これ、習ってる文字じゃないよね」
「うん。これはかつての神殿長の出身地の言語だろうね。結構昔のだからちょっと変わってきているかもしれないけど、ライトの地方が近いんじゃないかな」
「ふーん。何か、カクカクしてる」
フィアスの感想は素直なものだ。確かに、この地方の言語は文字で書くと結構角ばった文字が多い。俺やリィンの出身地方の文字は全体的に丸みを帯びているので、新鮮味があって面白いし、ちょっとカッコイイと思う。
「何て書いてあるの?」
「うーん……まだ途中だから何ともいえないんだけど、今のところ凄く自虐的な事ばかり書いてある。『どうしてこんな虚弱な僕が選ばれたんだろう。もっと健康な人ならみんなが安心できたのに。』みたいな感じで」
「……暗い人だったの?」
「病弱だったっていう話は聞いたけど、暗い人だっていう話は特に聞いた事が無いかな。もしかしたら、表面的には明るく振舞ってただけかもしれないけど」
「どうして明るい人のふりをするの?」
その直球な疑問に、すぐに答える事ができなかった。わからなかったからじゃなくて、わかってしまうから。
「……みんなに心配かけちゃいけないからだよ」
答えて、フィアスの頭を撫でる。この記述者は辛かったのだろう。明るく振る舞おうと、身体を壊していては心配を拭い去る事はできない。それでも暗い顔を見せてしまうわけにはいかないのだから。
「『神殿長』も大変だね」
フィアスは、寝台に腰掛けて断じた。
「どんな仕事も基本的には大変だと思うよ。仕事に打ち込む人が大変だと思うかどうかは別として。ある人には大変で辛い仕事も、他の人にとっては苦にならない仕事だったりもするし。合う合わないっていうのは、やっぱりあるんじゃないかな」
神殿にいる子の中でも、結構違いは出ている。ブライトは盗賊の討伐や害獣の討伐に行くのを楽しんでいるけれど、ライトはどちらかというと探索の方が好きらしい。セイは冒険に憧れてはいるけれど、やっぱり歌うのが一番好きで、他の国との交流の合唱はいつも張り切っている。
フィアスが、大きな赤い瞳をこちらに向けて首を傾げた。
「……それじゃ、イ……イルの、仕事は大変?」
俺は答えず、フィアスの頭をそっと撫でた。
頭をなでられるのはキライじゃない。答えてくれなかったけど、なんだか少しさびしそうな顔をしていた。だから、これ以上は聞かない方がいいんだろう。
しばらくして真剣な顔で本を読みはじめたから、邪魔はしない方がいいみたいだった。
でも、どうしてハザードは僕に代わったんだろう。さっき起きたばかりで、何があったのかわからない。ちゃんと説明してくれればいいのに、と思ったけど、ハザードにはまだ難しいのかもしれない。
邪魔はできないけど、ヒマなのはキライ。何か僕でも読める本がないかな。まだ子ども向けの本くらいしか読めないけど。
本棚を見て、何か変な気がした。リィン達の本棚にあるのと、ちょっと違う。棚の端をつかんでみると、ちょっとぐらぐらしてる。倒れるかな、と思ったけど、倒れたりはしないみたいだった。
「よいしょ……」
力を入れると、簡単に動いた。ごりごり、と音がする。
「うわ……凄い。力持ちだね」
そんなに力を入れてない。そう言う前に、笑顔でイルが続けた。
「俺もさっき頑張ったんだけど、全然動かなくてね」
「……力、ないね」
「う……まあ、そうなんだけど……あれ?」
イルは、本棚を動かしたあとを見て、きょとんとしている。僕もそっちを見て、ちょっとわからなくなった。
「……本棚?」
「本棚で本棚を隠すっていうのもなかなか面白いけどね」
「こういう時って、かくし扉があるんじゃないの?」
冒険みたいで、ちょっとわくわくしてたのに。
「ここにある本はそっちの本棚に入ってるのよりもちょっと古い本が多いみたいだね。隠す為じゃなくて保護する為だったのかも。或いは両方かな」
奥の本棚の本は、ぼろぼろなのもあった。さわると壊れそうで、ちょっと怖い。
「……この辺りが日記かな」
「日記……」
日記はたしか、ヒトが一日のことを書くものだ。毎日書くものらしい。ハザードも文字の練習に書き始めているけど、僕も半分書いてる。リィンは、僕の字の方がハザードの字より『まだマシ』だと言っていた。多分、ほめられてない。
ハザードは小さいから、高いところはよく見えない。目の高さにある本を見て、変な物に気づいた。
「ねえ、手紙があるよ」
「手紙? あ、本当だ」
本と本の間に、封筒がはさまってる。イルはそれを取った。キレイな手。ハザードの手は、ちょっと傷があったり、ぼこっとしてたりする。
「封はしてないね。差出人の名前も無い」
「手紙は誰かに送るものじゃないの?」
「普通はね。これは書置きみたいな物かな」
「かきおき?」
「俺がお出かけする時に残しておくような手紙だよ」
そういえば、リィンと遊びにいく、とか書いた紙を見つけて、よくハザードがめそめそしてたっけ。それが、『かきおき』か。
「或いは、出せなかった手紙っていう事も考えられるけどね」
「出せなかった? どうして?」
「色々考えられるけどね。手紙を書いたはいいけど相手の住所がわからないとか、書いてみたけどいざ送るとなるとちょっと恥ずかしいとか」
イルは封筒を開けた。他にも手紙はないのかな。背伸びしたりしゃがんだりして探してみるけど、見つからない。
「……どっちかというと、書置きに近いものだね。でも、この内容からすると他にも同じような手紙があるはずなんだけど」
「本棚見たけど、他にははさまってなさそう」
「うーん、でも、ここのどこかにあるとは思うんだけどね」
「どうして?」
イルが、面白そうに笑った。
「うん、この部屋から出られそうに無いからね」
「……それって、閉じ込められたってこと?」
これは、『きんきゅうじたい』というものじゃないのかな。
「そこを見てごらん?」
イルが指さしたのは、壁。長い四角の、ちょうどドアみたいな大きさの部分が他とちがう色になってる。
「一種の隠し扉だと思うんだけどね。何かをしたら扉が出来るんだと思う。その為に、この手紙が役に立ちそうなんだけど」
「まだわからない?」
「うん。だから、この部屋を探そう。フィアスも協力してくれるよね?」
「やる!」
前にハザードが『冒険小説』というのを読んでたとき、こんなことがあった。閉じこめられた部屋から逃げ出すシーンが、とても面白かった。
「よーし、それじゃ、早速いってみよう!」
「おー!」
冒険ゴッコは初めてだ。いつもハザードは神殿で冒険ゴッコしてるし、今日くらいは僕が冒険ゴッコしてもいいよね?
<続く>
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