『呼び声』5

2010年1月29日 文章
 扉を開けた先には、俺の部屋よりは少し大きいくらいの部屋があった。大きなベッドがあって、枕元に本が一冊置いてある。ただそれだけの部屋。煉瓦づくりのような壁は、結構古い感じで隙間も空いていたけれど、綺麗な白だった。わざとぼろぼろっぽい煉瓦を使ってるのかもしれない。古いお城みたいな気もする。
 ぐるっと見渡してみて、思う。やっぱりこの雰囲気は神殿とよく似てる。上手く説明できない独特の雰囲気。ただ似ているけれど、いつもいる神殿よりも何だか少し静かなような、そんな雰囲気がした。神殿と違って人がいないから、というだけじゃないみたいだ。人がいない、と考えてから、思いついた。この雰囲気は静けさというよりも、どこか寂しさに似ているような気がした。
「寝室か? 結構明るいな」
「それじゃ、松明消す?」
「いや、また急に暗い所に飛ばされないとも限らないし、そのままでいいだろう。寝台に触る時とかは気をつけろよ」
「りょーかい」
 火事になったら大変だ。逃げ場がないのは怖いと思う。ブライトは首を傾げた。
「扉とかは見当たらないな……。どこかに仕掛けがあるのか?」
「あの本に書いてないかな?」
「本か……」
 ブライトは鏡をベッドに一度置いて、本を取った。気になるけど、本が燃えちゃったら困るから、近付かない方がいいかな。
 窓はない。扉も入ってきた扉だけ。ブライトが閉めたみたいで、扉はしっかりと閉じていた。重そうに見える扉だけど、案外軽い扉だったっけ。それも神殿の扉に似てる。もしかしたら、昔の神殿長と何か関係があるのかもしれない。けど、それだと昔の神殿長と盗賊も関係があるのかな。盗賊のアジトにあった鏡からここまで来ちゃったし。
 扉に近付いて、ちょっと気になった。顔の高さくらいの位置に、よく何かを引っかけるのに使う小さい鉤がついてる。そういえば、さっきこういうのを見たような気がする。ついさっき、だったのにすぐに思い出せない。ブライトの声が聞こえてきた。
「何か数行しか書いてないな……ん? 駄目だ、読めない。この文字、標準語じゃないな。どっかで見た文字なんだが……」
「あ、それじゃ、俺に見せてー」
 俺は文字を読んだり言葉を話したりする能力をつけてもらったから、大体の本は読める。ただ、難しいと理解はできないんだけど。
 ブライトと、松明と本を交換した。本に書いてある文字は読めるけど、どこの文字かはわからない。前にこの文字の詩を読んだ事もあるんだけど、どこの人が書いた詩なのかは思い出せなかった。
「えーと、『扉の真正面』『合わせ鏡で道が開く』……これだけ?」
 ちょっと紙が勿体ない。他のページに何か書かれてるかもしれない、と思って頁を一枚一枚めくった。見えるのは、白紙のページばかり。けど途中に、手紙が挟まっていた。白い封筒だ。開けようとしたけど、開かない。
「とりあえず、合わせ鏡をやってみるか。この鏡を使うのか?」
 ブライトが片手で鏡を持った。あ、思いだした。
「ブライト、扉のところに、鏡を引っ掛けられそうだよ」
「ん? ああ、本当だ。それにしても、もう一つ鏡が必要になるな……ああ、扉の真正面の壁を調べろって事か。セイ、そっちを調べてみてくれ」
「わかった!」
 とりあえず、手紙はポケットに入れた。後で誰かに見てもらおう。本はとりあえず元の場所に戻しておけばいいよね。
 壁をぺたぺた触ってると、一つゆるい煉瓦があった。顔くらいの位置の煉瓦だ。隙間に指を入れると、とっかかりがある。ぐいっと引くと、煉瓦が外れた。
「あ、鏡!」
「おお、丁度高さもぴったりだな」
 合わせ鏡を見るのは初めてだ。覗き込んだ時、眩しい光が沸き起こった。



 手紙は三通ほど見つけたけれど、これでも何か足りない気がする。その時、光が部屋に満ちた。
「……予想より早く合流できたな」
 聞こえてきたのは、リィンの声だ。光が消えて、リィンとライトの姿が見えた。フィアスが眩しがってないかが気になったけど、フィアスはちゃんと腕を上げて目をカバーしていたらしい。それをハザードにも是非教えてあげて欲しいと思う。
 そういえば、ライトもいるけどフィアスのままで大丈夫なんだろうか。フィアスも気付いたのか、慌てたように俺の後ろに隠れている。ライトが首を傾げた。
「ハザード、眩しかったか? しょっちゅう光が起こるみたいだし、ゴーグルした方がいいんじゃないか?」
 そういえば、その手があった。フィアスは何も言わず、目を逸らしている。
「う、うん……」
「ハザード?」
 顔を覗きこまれて、フィアスは少し動揺しているようだ。俺とリィン以外の前に出る事はほとんどなかったし、初対面で緊張しているのかもしれない。俺もちょっとひやひやした。ここで何か揉め事が起きても大変だし。
「……ん? ハザードか? 何か変だな」
「そんな事は……」
「何かいつもよりちょっとだけ子どもっぽさがなくなってる気がする」
 結構鋭い。フィアスも子どもっぽいといえば子どもっぽいけど、ハザードの方がより小さい子っていう感じだ。
「そいつはフィアスだ」
 リィンがあっさりとそしてきっぱりと言った。フィアスが慌てている。ええと、これはちゃんと説明した方がいいのかな。そう思ってライトを見ると、ライトは頷いていた。
「……まあ、事情があるんだな? 俺はライトだ。よろしくな」
 手を差し出されて、フィアスは少し困惑した。それでも、ゆっくりと差し出された手を握り返した。
 ちょっと驚いたけど、リィンも少し意外そうな顔をしていた。
「……追究しないのか?」
「地元の知り合いに結構多いんだよ。一人の中に何人かいるっていう人。確か先祖とかが憑依とか。家によって理由が違ったりするらしいけど、結構複雑みたいだったし、あんまり深く聞かない方がいいだろ」
「……そっか、ライトの出身地はそういう文化が残ってるところだったね」
 何か大きな事を成した先祖の魂が子孫の誰かに憑依する、という事が行われている家というのは、それなりにある。偉大な事を為したといっても普通の人の魂だし、それはそこまで長持ちするようなものじゃないから、途中で途絶えてしまったり、別の人が役割を継いだりしているらしい。憑依された人は先祖と折り合いが悪いととても辛い事になるらしいけれど、先祖から伝えられる事で残る伝統も決して少なくない。そういう家はいくつかの地域が固まっていて、俺の住んでいた地域にはそういう家は無かったっけ。
「何人もいる場合があるのか? かつてはそういう事も多いという話だったが」
「大抵は本人ともう一人くらいだったけど、本人に加えて三人くらいいる奴もいたな……」
「それは賑やかだな」
 フィアスが想像したのか、ちょっと嫌そうな顔をした。寂しくなさそうだけど。ライトが、ふと首を傾げた。
「そういえば、途中で一人に戻った知り合いが一人いたっけ。ずっと憑依されてたんだけど、それが嫌でどこかに頼んで憑依をやめてもらった途端に身体が弱くなって、一年の半分は表に出られないくらいになったんだよ。家の人が言うには、元々身体が弱かったのを、憑依でどうにか少しは持ち直せるようにしたとか」
 そういう逸話は、確かに本とかで読んだ事はある。実際にそこまでになるとは、思っていなかったけど。この空間を作り出した神殿長はライトの出身地と同じ地方の人物の可能性が高い。昔はもっと一般的に憑依が行われていたらしいし、もしかすると神殿長もそういう家に生まれたのかもしれない。
「……それ、さびしくないのかな?」
 ぽつりと言ったのは、フィアスだった。ライトが困ったような顔をした。
「あー……そうだな。そいつ、憑依してた人としょっちゅう喧嘩とかしてたらしいけど……たまに見舞いに行くとさ、いつも少し寂しそうな顔をしてたよ。あれは、外で遊べなくなったからだってあの頃は思ってたけど、今思うと喧嘩ばかりしてた相手でも、急にいなくなると寂しくなるものなのかもな」
 言ってから、急に眉を顰めた。リィンも同じような反応を示している。この二人、何だかんだで合わないというわけじゃないらしい。
「……ハザードに代わる」
「ん? 突然どうしたの?」
「……半分こだから」
 ぽつりと言って、ふっとフィアスの身体から力が抜けた。雰囲気が変わった。ライトもそれに気付いたらしい。
「……ひょっとして嫌われてるんでしょうか?」
「いや、それはないと思うよ」
「んー……イル? あ、リィン、ライト」
 ぱちぱちと瞬きしている。ハザードの頭を撫でて、とりあえず二人にこれまでの事情を話すべく、どういう順序で話すか考える。リィンは本棚を物色していた。とてもリィンらしい行動だ。
 そうだ、話す前に、一つ聞いた方がいいだろう。
「二人とも、ここに来るまでに……」
 言いかけた途端に、また部屋の中に光が現れた。流石にもう、慣れてきたけど。



<続く>

コメント