『呼び声』7

2010年1月31日 文章
 イルが杖を呼び出して数秒目を閉じた。イルが目を開けた瞬間に、扉が現れた。
「……よし、成功。手間がかかった割にはあっさり終わったね。まあいいや」
 杖を手にしたまま、扉に手をかけた。その肩をブライトが掴む。
「だから率先して開けようとしないで下さい。扉を開けた途端に矢が飛んでくる罠なんて珍しくもないですよ。底に槍を仕込んだ落とし穴とか」
 とりあえず、二人の立場を考える限り、ブライトの主張は間違ってない。こういう状況でなければ。一応突っ込んでおくか。
「作成者を考えると、そんな盗賊が仕掛けるような罠は無いと思うがな」
「そういうもんか?」
「神々によれば、神殿長というのはほとんどがおとなしい気性の人物らしいな。神殿長の中では、イルがかなり攻撃的な部類に入るとまで言われているんだから相当だろう」
「……それは相当だな」
 杖を片手に完璧な角度で首を傾げるイルを見て、『攻撃的な人間』と断ずる者はいないだろう。まあ、相手を傷つける事は嫌いだが、傷をつけない範囲でなら戦う事もある。いや、『戦う』という表現が正しいのかはわからないが。今は関係が無いか。
「……ブライトは神殿に来るまで何してたんだ?」
「……ライト達が知るにはまだ早いな」
 ブライトは微妙に目を逸らした。
「悪人面を見ればわかるだろ」
「いや、別に民間人を襲ったりはしなかったさ。弱い奴に興味はねえしな。……まあ、各地の盗賊とかとはちょっとやりあった事もあるが、そのくらいだ。多分な」
 ブライトは軽く笑ってそう流した。子どもが見たら怯えそうな悪人面だが、妙にこういう表情が似合う。顔立ちと顔つきは違うという事か。
「ま、どっちにしろ、俺じゃないと開かないよ。ほら、扉に紋様が浮かんでるのが見える? あれがね……」
「見えない」
「見えないですね」
「見えません」
「あう、見えないよ?」
 イルが驚いたような顔をした。腹が立ったので頬を引き伸ばしておく。ハザードに比べると伸びが物足りない。ライトが口を開く前に手を離した。非難の目を向けられるがとりあえず無視しておく。セイが首を傾げた。
「え? 俺、見えるよ。ぼんやりしてるけど、青いのだよね」
「そうだよ。うーん、見えにくいのか、これ……。皆もそんなに鈍いわけじゃないよね。リィンは結構鋭い方だろうし……って事は、やっぱりセイは皆と比べてもかなり感受性が高いのかな。歌人族は感受性が高いとは聞いてたけど」
「それは興味深いが、今はいい。で、その紋様とやらが何なんだ?」
「ああ、それで、ここの部分がね……」
 目の高さ辺りを指で示し出した辺りで、決めた。
「やはり説明はいらん。とっとと開けろ」
「え? うん、わかった」
 見えないものの説明をされても無意味でしかない。こいつの事だから多分『ここの部分をこうしてみるとこうなるから……』とか抜かすだろう。
 扉の先には、暗い通路が続いていた。その通路も神殿と似たような雰囲気だが、ここまでとは少し違う感じがした。単なる雰囲気、というより、もう少し強い何かがある。それを上手く表す事はできなかった。奇妙な感覚だ。
 イルを先頭に扉を潜る。通路は暗いが、さほど狭くはない。ブライトが中に入った途端、その手にあった松明の火がまるで空気中にとけるように、消えた。通路は暗いが、何も見えないほどではない。多少不便だがこうなったら何をしても火はつかないだろう。これも何かの仕掛けと考えた方がいい。
 イルなら明かりを出せるかもしれないが、目が慣れてくれば別に照明が必要なほどではないとわかる。
「……この先だね」
 呟いて、イルは歩き始めた。特に言葉も無くそれに続く。先頭がイルというのは安心材料とはとても言えないが、仕方ないだろう。
 普段は騒がしいセイとハザードも黙っている。俺も黙っていた。特に言う事もない。
 暫く歩くと、青い光がぼんやりと見え始めた。奇妙な感覚も強くなってきた。
「ああ、あれかな」
 イルはそう言うと歩調を速めた。何が何だかわからないが、イルには何かがわかっているようだ。正直言って腹が立つので、後で変な髪形にしてやろう。
 青白い光を中心とするように、広い空間がある。通路よりも、違和感のある感覚に満ちていた。
 青白い光は人の頭ほどの大きさで、ふわふわと浮いていた。イルがそれを数秒眺めて、口を開いた。
「どうも、こんにち……あれ? まだおはようの時間だっけ?」
「出発してから大分経った感じはするが」
「それじゃ、こんにちはで合ってるよね。あ、こんばんはかもしれないか。どうしよう?」
「……それは今重要な事か?」
「挨拶は重要だよ」
「『ごきげんよう』とかでいいんじゃないですか? これならいつでもいいですし」
 まさかライトからそんな発言が出るとは思わなかった。だが考えてみると、最初の頃こいつの標準語はかなり固いものだった。挨拶も型どおりのものならいくつも習得していたのかもしれない。
「あ、そうか。それはいいね。……あ、やっぱり今は向かないかも。うーん……あ、そうだ!」
 何か閃いたらしく、イルが笑みを浮かべた。
「俺はえーと……何代目だっけ? とりあえず、何代か先の神殿長をやってるインペリアルです。――初めまして、かつての神殿長」
 その途端、光が揺らめいた。そして光はやがて、人の姿を結んだ。青白く発光するその姿は、華奢な青年だった。整った面立ちだが、あまり目立たない印象だ。
「……君達は?」
 青年、否、イルの言葉によれば『かつての神殿長』が、こちらを見回した。イルを見て、ぱちりと目を瞬かせている。
「迎えに来ました……って感じなのかなぁ」
 イルの自信なさげな声に、また首を傾げた。



 突然声をかけられたと思ったら、何だか綺麗な人間がいた。一瞬人形かと思うくらいに、非人間的なくらい綺麗だった。もし人形なら、どれだけの人が欲しがるのだろう。そんな事を考える。
「迎えに来ました……って感じなのかなぁ?」
 美人の言葉に首を傾げた。声からすると一応男かな。ちょっと残念だ。
 それにしても、『迎え』というのはどういう事だろう。僕はどこかに来ていたのだっけ。長い間眠っていた時みたいに、頭がぼんやりしている。眠っていた時みたいに、というか、多分眠っていたのだろう。
「んー……何だっけ……?」
 そういえば、彼が声をかけてきた時、何て言っていた? 確か……。
 思い出して、一気に目が覚めた。
「え? 神殿長? 何代も先って事は……僕は死んだんだっけ? うーん……あ、そうそう、確か死んだんだ」
 段々と思い出してきた。正確には一般的な『死ぬ』という事とは、少し違うのかもしれない。だけど、僕にとってはあれは僕の『死』なのだから、別に構わないだろう。
 そう、確か僕は魂だけになって、その後どこかに行ったのだ。どこだっただろう。考えようとして、気付いた。そういえば、今ここには僕以外の人がいるのだ。聞いてみた方が早いかもしれない。
「ここはどこかな?」
「えーと、あなたの療養所から飛ばされて、台座がある丸い部屋に、そこからもう一度転移した部屋から暗い通路を通ってきたのがここです」
「その説明でわかるのか?」
「あ、思い出した」
 そう、折角『力』があるのだからと、冒険小説に憧れて、療養所にちょっとした仕掛けを仕込んだ。当時のお目付は呆れていたけど、何だかんだで許してくれたっけ。晩年はほとんど寝込んでいたから、哀れに思っていたのかもしれない。何だかんだで、あの人は厳しかったけど優しかった。今思うと懐かしい。
「そう、思い出してきた。確か、この場所がゴールで、宝箱を置こうとしたんだよ。ああ、でもどうして宝箱を置かなかったんだっけ?」
「そういえば、日記で『宝箱の実物を見た事が無いから、今度資料を探そう』とか『何を宝にすればいいのかわからないから、思いつくまで保留』って書いてあったけど……」
「え? 日記読んだの? まあいいけど……僕の日記なんてつまらなかったでしょう。ごめんね」
「いえ、こちらこそ勝手に読んでごめんなさい」
「あ、大丈夫大丈夫。本当に嫌だったら、『日記全部処分して』って頼んだから」
 そう、だから見られたのは恥ずかしいけど、そこまで嫌じゃない。今はそれより内容が重要だし。うん、段々思い出してきた。
「そうそう、結局思いつくまで何もないままにしようと思って、最期まで何も思いつかなかったんだよ。悔しかったなぁ」
 今思い出しても悔しい。でも、適当なもので誤魔化すのも嫌だったのだ。
「ねえ、君。やっぱり、冒険なら何かちゃんとした宝物があった方が、楽しいだろう」
 ああ、そうだ。一度そう思うと、宝物を忘れたこの療養所の仕掛けが、全部徒労に思えたのだ。寝床から動けなくて、ぼんやりと本を読んでいる内に考えた、沢山の仕掛け。
「結構頑張ったんだよ。ほら、冒険って、力を合わせてやったりするじゃない。だから、二箇所で同時に取っ手を引かないと扉が現れないようにする仕掛けとか、一番お気に入りなんだ。声でやりとりがやりにくから、息の合う二人じゃないとなかなか成功しないだろうと思って」
 熱弁すると、眉間に皺を寄せていた子と金髪の子が揃って嫌そうな顔をした。もしかしたら、この二人はその仕掛けで苦労したりしたんだろうか。
「あれ? でもどうして僕はここに来たんだろう? 今更ここに来たって、宝箱なんて置けないのに」
「宝箱を置けなかった事が気になっていたから、自然と魂がここにひかれてしまったんじゃないかな。スノウさんが言ってたけど、そういう事があるみたいだし」
「スノウ、さん……? ああ、霊魂の神様。あの神様が言うなら、多分それが正解だね。あの人達、じゃなくて、あの神様達、元気そうだった? 多分、元気だと思うけど。あの神様達の事だから」
 あの神様達に会うと、少し明るい気分になれた。
「心配してた。あなたがどこに行ったかわからないからって」
「そうなの?」
「スノウさんによると、迷子扱いになってるみたい」
「迷子かぁ。それは恥ずかしいな」
 もう迷子という年齢はとっくに越えてる。だから行くべき場所に行きたいけど、まだ宝物が決まってない。
「ねえ、宝物って何がいい? 考えたけど思いつかないんだ。何がいいのかな? 綺麗な石? それとも、お金がいいのかな? あ、やっぱり伝説の武器とか? ああでも、武器なんて持ってないし、見た事もあんまりないや」
 何ならいいんだろう。誰でも喜ぶような宝物って、何だろうか。
「……宝物を決めるまでは、ここを動けない?」
「だって、気になるじゃないか。誰でも喜ぶ物がいいんだけど、君は何がいい?」
「うーん……とりあえず、『誰でも喜ぶ物』は、多分ないと思う」
 美人の言葉に、驚いた。
「そうなの?」
「例えば俺はもっと友達がいたら楽しいって思うけど、リィンは絶対喜ばないし」
「当たり前だ。第一宝箱に入ってる人間を友人にしたいか?」
 眉間に皺を寄せている少年が、うんざりした顔をした。
「それじゃ、君は何が欲しいの?」
「本」
「いつも本だな、お前は」
「君だったら何が欲しい?」
 怖そうな顔をした子に聞いてみる。彼は堂々と言った。
「強い奴と戦う権利」
「……みんなバラバラだね」
 僕が悩んでいたのは、どうやらかなりの難問だったらしい。皆が喜びそうなものって、こんなに難しいものなんだ。これじゃ答えなんか当分出そうにない。
「……あ、じゃあね、『お願いを叶えてくれる』っていうのは?」
「え?」
「そういう物語読んだんだ。『一つだけ何でも願いを叶える』っていうごほうび!」
「ああ、それはいいね」
 それならみんな、自分で好きなものを願える。けど、問題があった。
「それ、今の僕でもできるかなぁ」
 いや、多分できない。そう思った時、美人が言った。
「それじゃ、一番乗りだから代表で俺の願いを叶えて欲しいな」
「今の僕じゃ大した事できないよ?」
 一応言うと、にっこりと笑った。見惚れるような笑顔だ。
「あの部屋にあった本、貰ってもいいですか?」
「……そんなのでいいの?」
「あれがどうしても欲しいんです。今の神殿、読書家が多いんで、皆喜んでくれるかも」
「そう? いいよ、あげる。どうせ僕はもう読めないから」
 答えると、彼は嬉しそうに笑った。それを見ると、ふっと身体が軽くなる。ああ、もう魂だから身体じゃないんだ。けど、なんだかふわふわしていて心地いい。こんなに身体が軽いのは初めてだ。
 行くべきところはもうわかってる。早く行かないと。迷子扱いのままは恥ずかしい。
 ああでも、ちゃんとお別れを言わないと。
「――じゃあね」
 彼は小さく手を振ってくれた。これから行くところに、いつか彼も来るのだろう。その時はたくさんたくさん話をしよう。これから行くところでまで、寝込んでばかりじゃないといいな。ああ、そういえば、あの人は待っていてくれているだろうか。待たせすぎたって怒るかな。それでもいいや。会った時に謝ろう。
 視界が白く染まる瞬間、あの人の顔が見えた気がした。



 消えた光を見送って、イルが一つ息をついた。
「……とりあえず、帰ろうか」
 その意見に、異議は出なかった。



<終わり……?>

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